『サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER / 遠野九重』(宝島社文庫)を読んで。
もうすぐ立春です。明日でしょうか。おっと、ほんとに明日っぽいです(今調べた)。
毎年「春とは名ばかり」と言っているようなら「そろそろ2月3日(頃)を春って呼ぶの止めればいいんじゃない?」と、かわいげのないことを思ったりなどしてます。名実ともに春となる日が恋しい。
とはいえ二十四節季は昔の人が決めた慣例的なもので、昔の人は季節を敏感に感じ取りそれに名前をつけたがったんだなと思うようにしてます。星座などもおんなじですね。
あのころ地球が丸いと知らなかった人たちは、雨が降ったり星が瞬いたりする不思議な自然現象に、浪漫を抱かずにはいられなかった、と素直に思える大人になりたいと思う2021年、冬の終わり。
とりあえず令和のわたしは防寒だけはしっかりして今年は風邪をひかない冬にしたいです。あと1日で達成できるぞ!
さて、今回は、遠野九重先生著の『サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER』(宝島社文庫)の感想を綴ってまいります。押忍。
―― 注意 ――
・感想を書くにあたりこの記事内では作品の内容に関わる #ネタバレ をある程度しています。事前になにも知りたくない方はご注意ください。
◆サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER / 遠野九重
(あらすじ)
舞台はとある地方都市の病院。その地域の救急医療を一手に担う、「断らないER」と呼ばれるたった二人のチームがいた……。「奇跡のメス」と呼ばれる熱血天才“はぐれ"脳外科医・穂村×医科大学付属病院出身のエリート若手医師・静城が地域医療のリアルを描き出す! 「六年前の医療事故」から始まった、現場と理論がぶつかり合う、現役医師が描く熱血ヒューマン医療ミステリー!
◇まず、ご紹介いたしたいこと
いつもの構成をぶったぎりまして書いちゃう。
『これは極上の男二人のバディモノです!!!』
いやー、すごかったです。玲人先生と隆司先生というダブル主人公な作品で、この二人の視点がときどき切り替わりながら、違う立場(と視点)から同じ事件についてを追ったりなんだり……っていう医療ミステリーなのですが、二人の葛藤(二人、と言いましたが主には過去の事件についての情報を隠している玲人先生になるのですが)が別方向から表現されていて。
多分、2021年に出会って一番好きって言えそうな小説です。まだ2月だって思うでしょう!?……大体わかりますよ。大体……。
◇作者は遠野九重さん
(作者紹介より引用)
大阪府出身、三重県在住。『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』(フロンティアワークス)にてデビュー。脳外科医としての経験をもとに、徹夜を繰り返して本作を書き上げる。
初読みの作家さんでした。最近には『役立たずと言われたので、わたしの家は独立します!』(カドカワBOOKS)などを出版されているようです。不思議なことに、まったく毛色が違う。なぜだろう。
そしてお名前は、このえ、と読むらしい。ここのえじゃなく。
◇医師で、作家で
まず驚いたのが「現役脳外科医」っていうプロフィール。(作者紹介は特にネタバレにもなってないので読むときすぐ読んじゃいます)
医師や医療関係ご出身で作家をされている方、探せば結構な数いらっしゃるのではと思います。『死香探偵』シリーズや『化学探偵Mr.キュリー』シリーズの喜多喜久先生は薬学専門ですし、『鬼籍通覧』シリーズや『時をかける眼鏡』シリーズの椹野道流先生は法医学専門。
どちらの作家さんも、これは専門家しかにか書けないんじゃないか?と思うような描写がたくさんあります。もちろん小説としての構成や文章が面白いから、有名な作家さんでもあるのですが。
他にも、たとえば和菓子屋を舞台にした『幽遊菓庵~春寿堂の怪奇帳~』シリーズ(富士見L文庫)の真鍋卓先生はご実家が和菓子屋さんですし、一般文芸でも、ご自身の専門分野を題材にした作品を書く作家さんはたまに見かけます。又吉直樹さんの『火花』や村田沙耶香さんの『コンビニ人間』もそうですね。
そういった『名札』に屈するわけじゃないと思いたいです。取材や書籍などからよく調査&勉強して、行ったこともない国の話を書く人もいらっしゃいますし、魔法なんて人間誰もが使えないものを書いたりもありますし。
ただ『この作品は医師が描いた医療モノ小説だ』と言われたときの説得力や安心感は、どうしても感じてしまいます。経験者ですし、正しいことなんじゃないかと勝手に信じてしまう。そういう意味もあって、出版社も作家の自己紹介のところに表記するのでしょうし。
で、『サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER』の場合はどうかというと、脳外科系の病気や手術の描写がありました。もちろんなのですが、わたしは医者じゃないので描写が実際と同じか、内容が正しいかどうかわからないのですが、少なくとも小説を読むうえでは、本当っぽいなという印象でした、という表現にさせてください。医療ドラマを観ていて、なんの疑いもなく、こんな感じだろうなと思うのと同じです。
遠野九重先生の書かれる医療描写は丁寧で細かくはあるのですが簡潔でした。わかっていない人にもわかりやすいと言いますか。医療ミステリーということで病気の治療や手術に関してが主題というわけではなく、あくまでも設定という程度の描写にとどまっていると感じました。この辺の匙加減は的確だなと思いました。書かれ過ぎてない、って小説には重要だと思います。
続いて、主観と偏見にみちた登場人物紹介です。
◇登場人物紹介
・穂村 隆司(ほむら りゅうじ)
天才脳外科医。過去(約15年前)に令賀大学付属病院で組織ぐるみで行われていた臓器売買の内部告発をして大ニュースとなり、正しいことをしたはずなのに日本の医療界から干されることになってしまった医師。日本でくすぶっているくらいなら、とNPO団体『世界の医師団』として海外の被災地・紛争地帯などでの医療支援に従事して《サムライ・ナイフ》という二つ名がつけられてるなんだかすごくかっこいい人。二年前、母親の急な病気をきっかけに帰国し、そのとき鳴滝総合病院に新しく就任したばかりの高坂院長にスカウトされて半年前より鳴滝総合病院で働くことになった。表紙右側の人。多分40歳代後半。
・静木 玲人(しずき れいと)
表紙左側の人。明神医科大学出身の若きエリート医師。六年前に六回生なので多分32歳ぐらい。『モデルと見紛う端正な容姿』と公式に自己紹介されるくらいのイケメンらしいのですが、人付き合いが苦手なので女性の毒牙にはかかってないと思われるので、読者は安心して読んでほしい。のわりには、穂村先生が女性とデートしてるのか!?(←玲人先生の勘違い)って場面に出くわして妙にヤキモキしたりする。自分の事は棚に上げて!?
玲人の胸にモヤモヤとした感情が湧き上がってくる。あくまで個人的な主観だが、隆司という人間には色恋沙汰など似合わないと思っていた。
人生を医療に対してストイックに捧げている。そんなイメージを抱いていたところに、今回の遭遇である。
隆司に幻滅したわけではないが、あの女性は何者なんだろう、という疑問はある。
――『サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER』遠野九重 210ページ引用
なんだとー!?と思った方は、ぜひ『サクリファイス』を読んでいただきたい。あとは、母親が沖縄出身のせいか、酒にすこぶる強いらしい。
◇本作最大の魅力は、ミステリーの部分にあらず
と、書いちゃうと営業妨害になりかねない!
けど!でも!わたしがそう思ってしまったので正直に書きます!!!
本作は『医療ミステリー』と銘打たれてはいますが、ミステリーとしては初歩的レベルのような気がします。動機も、犯人も、特に注意して読まなくても、読んでいれば自然とわかります。こいつが犯人だろ、という場面が結構はっきりと描かれているので(しかも序章で)。本作はミステリー以外の部分にとてつもない魅力を感じました。
◇玲人先生がいつ隆司先生に過去の件を話すのか
読んでいる最中、一番、一番、一番、気になっていた点です。犯人の正体よりも、確実に気になっていました。
玲人先生が、いつ、隆司先生に打ち明けるのか。
手術中は、阿吽の呼吸さえ超えるような技術的信頼で結ばれている玲人先生と隆司先生でしたが、高坂院長に事件について調べるように言われていた隆司先生に対して、かたや玲人先生は過去の医療ミスの事件についてを知られないか心配し続けていました。玲人先生が犯人というわけではありませんが、告発できる情報は持っていましたし、秘密にしていたのは保身のためだったといったら弁明できないことを玲人先生も自分でわかっていたのでしょう。なんの因果か、隆司先生がそのいい例になってました。過去、医療ミスを内部告発することで医学界で干されることを知っていて踏み出せなかった玲人先生がわたしは愛おしいよう。
◇この世で一番高いもの、『信頼』
唯一無二の相棒でも、隆司先生と玲人先生はプライベートな付き合いがあるわけではありません。お互いに踏み込まない性格だったんじゃないかな。マンションでも部屋が隣同士だったことにもずっと気付いてなかったですし。職場の同僚なだけで、他人です。
隆司先生が人格的に優れているとわかっていても、実際に自分のことになると玲人先生も打ち明けることができなかった。その理由は色々。
いかにして、この二人が(主に玲人先生が)人間的信頼を得ていくのか。それがこの小説の見どころで、わたしの一番好きなやつです。
『信頼』って本当に難しい。人間関係の枠の中で一番貴重なものだと思う。
『信頼』は『相手にリスクを預けるってこと』と同意だと思っています。本当の意味での信頼って、なかなか持てないんじゃないかな。家族ぐらいなもんです。
難しいことだからこそ、信じられる人がいる世界、信頼がある世界を観たい。創作の世界なら尚更、望ましい世界を観たい。
◆いよいよ黙っていられなくなって、打ち明けた時の隆司先生のフォローが最っっっっっっ高!!でした。
玲人先生の心配をよそに、隆司先生のほうはというと、過去の医療ミス事件についてを調べる気は、そこまで熱心ではありませんでした。探偵役という印象は、いまこのnoteを書きながら思った程度です。それも当然なことです。隆司先生にはとって、医療ミス事件についてを調べることよりも、目の前にいる患者さんを救うことがもっとも大切なことです。過去の件は、(院長の支持があったとして)二の次三の次だった。
玲人先生がなにかを隠していることに雰囲気で気付いた隆司先生。玲人先生が明日には打ち明けようとしてたほんと寸前のところで緊急手術が入り、隆司先生がなにか言いたいことがあるなら手術の前に言っておいたほうが後悔がない、ほんの少しの心配事でも手術では、大惨事の原因になる、と玲人先生を諭して、秘密を明かすように言います。このシーンが、隆司先生の発言が、とても良いのです。これは実際に小説を読んで感じてほしいので、感想はこれだけにとどめます。ぜひ『サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER』を読んで感じていただきたい。
◇絶体なる存在、高坂院長
鳴滝総合病院院長こと高坂先生です。本作品は、六年前に医療ミス事件隠蔽した鳴滝総合病院が舞台ではありますが、高坂院長が就任して以降、医療スタッフは一新されています。つまり、当時悪いことをした人たちは影も形も鳴滝総合病院に残っていない。
これ、安心します。わたしはしました。
なんらかの医療モノに触れたことのある方なら、初登場時の「高坂院長の人格者っぷりって本当だろうか?」と疑いたいところをですね、なんと、この高坂院長には疑わしい部分がなにも出てこない。ページをめくってもめくっても全然疑わしくない。高坂院長、めっちゃすごい人やん、ってなるんです。
高坂院長は信頼に足る人。この事実は、読者や、ひいては隆司先生、玲人先生の足元をカッチコチに固めてくれている、と思います。この作品は、医師同士のドロドロとした内部関係に着目しなくてよいよ~、と作者さんに言っていただけてるのと同じ事だと感じました。ので、読者は森屋先輩襲撃事件に全身全霊で集中できる。全部、この高坂院長のおかげです。すげーです。
《サムライ・ナイフ》なる隆司先生をすごい人物だって思いがちかもしれませんが、この作品で一番すごいのは高坂院長なんじゃないかなぁ。主観です。
◇装画はzunkoさん
『横浜ゲートウォッチャー』の方だった。なるほど似てる。
◇毛色が違うけど? のヒント
なるほど。各キャラクターの振る舞い、こんなときどうするのか、みたいなのはぐいぐい惹かれる部分だったから、作家さんの思惑通りだった。
玲人先生を精神的に追い詰めることを課題にしていたらしいというツイートもお見かけしたので、なんかその通りだなあ~と感じた。
◇外部リンク
・宝島社文庫公式(サクリファイス 地方特命救急科 たった二人のER)
・遠野 九重(@Six315)
・zunko ( @zunko1127 )
・装幀: welle design ( @welle_design )
◆後記
以下、読まなくていいところ。
版元ドットコムの提言を知ったので早速書影画像を使ってみる。でも今後もお問い合わせフォームから問い合わせできるところには問い合わせてみようかと思う。そのほうが間違いがない。
この小説、めっちゃ面白かった!久しぶりに手放しで褒めたい。他は嘘ってわけじゃなく、このサクリファイスは特別すごい。
読書メーターに感想まだ少ないっぽいけど、男二人のバディモノ好きな人めっちゃ読んでほしい。
――おことわり――
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