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『HRテクノロジーで人事が変わる』解説note ~共著者の一人として、難しい問題をかみ砕いてみた~ ③第1章 採用における労働法上の留意点(後編)

まえがき

 「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)の「第3章 テーマⅠ 採用 労働法の視点から」(担当:倉重公太朗 弁護士)の執筆内容について「解説」します。

 あくまでもこれは「解説note」であり、元の内容を正確に、かつ、詳細に理解するためには上記の書籍を必ず購入頂くことを強くお勧めします。

1.「採用の自由」の限界

【要点】
・「法律に別段の定めのない限り」

・様々な差別を禁ずる条項に違反すれば不法行為(民法709条)

・人間が最終判断を行う限りは「採用の自由」
 →HRテクノロジーで様々なスクリーニングが可能

・「NGメール自動送信」の場合はどうなるのか?
 →「責任者」を指名するなど、事前にプロセスを確立しておく

 採用の自由も無制約に認められるわけではない。
 三菱樹脂事件でも「法律に別段の定めがない限り」とされているように法律上の制約を受ける。
 例えば、
・人種、社会的身分による差別(労働基準法3条
・男女差別(労働基準法4条男女雇用機会均等法
・LGBTや社会的マイノリティーに関する差別(職業安定法均等法雇用対策法など)
は、民法上の不法行為(709条)となりうる。

 「HRテクノロジーを用いた採用の場合、人間が最終判断を行う限りにおいては採用の自由の問題に帰着し、法的問題となることは少ない」とされている。
 たとえば、下記のような事例を具体的に検討したい。

・エントリーシートをWatson等のAIに読み取らせて、カルチャーフィットしそうな人材かどうかを第一次的に選別する。(例えば、ソフトバンクの事例
・職務経歴書にパーシングをかけて保有スキルやそれらのレベルを判断し、スコアリングする。(例えば、Daxtra Parser
・職務経歴書の内容をWatson等のAIに読み取らせて、「ジョブマッチ率」のパーセンテージを計算する。(例えば、フォーラムエンジニアリングの事例
・録画面接技術を用いて面接を行い、その際に取得した動画データをAIで解析してカルチャーフィット度合いのスコアを計算する。(例えば、HireVue

 以上はいずれも絞り込みの効率化、場合によっては精緻化・高度化のためにテクノロジーを活用しているのであり、最終的な採用可否判断を行っているとはいえない
 ただし、ATS(採用管理システム)の中には、採用プロセスの中に「アセスメント(適性検査)」を組み込み、アセスメントをオンラインで受験させ、受験結果のスコアの情報を受け取り、予め設定しておいた「閾値」に満たなかった受験者に対して自動的に「不採用通知」を送信できるようなものもある。このような場合は、形式上はテクノロジーが自動判断したように見えるものの、法的問題が生じた場合に責任を取る人間を最低1人以上事前に決めておき、その者が実質的な最終判断をしたことにするのであろう。

 この点については大きな論点が潜んでいると考える。(末尾の「論点1」を参照)

 いずれにせよ、差別の助長等さまざまな法的トラブルを防止するためにも、「最後は人間がチェックするような仕組みづくりをしておくべき」といわれている。

2・テクノロジーを活用した採用と実務上の論点
[1]経歴詐称

【要点】
・炭研精工事件(経歴詐称)
 →真実を告知する義務

・スーパーバック事件(経歴詐称)
 →「重要な部分」か否か

・影響度の高い因子か否かはHRテクノロジーで調べられる。

・ブロックチェーンやバックグラウンドチェックで詐称を未然に防ぐ、見抜く

 HRテクノロジーを活用して採否を判断するのであれば、当然ながらその判断の前提となる情報が正しいことが重要である。
 ここでまず、「労働者は採用選考手続きにおいて真実を告知する義務を負う」とされている。

【判例の紹介】
炭研精工事件(経歴詐称)
(平成3年9月19日最高裁判決)

<具体的事案>
 機械部品製造を営むYに旋盤工として従事していたXは、採用されるに当たり、大学を中退していたこと及び、いわゆる成田闘争において2度逮捕、勾留、起訴され、いずれも公判係属中であったことを秘匿していた。
 XはYに採用されてからもデモに参加して、逮捕、勾留されて10日間欠勤した。
 YはXの逮捕、勾留を知り調査したところ、Xの経歴詐称が判明した。
 その後、Xが上記2件の刑事事件について懲役刑(いずれも執行猶予付き)に処せられたこと、Xの経歴詐称などの行為が就業規則上の懲戒解雇事由に該当するとして、YはXを懲戒解雇した。
 そこで、Xは、懲戒解雇の無効を求めて争った。

<判決内容>
 雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるといえる。
 使用者が、雇用契約の締結に先立って雇用しようとする労働者に対して労働力評価に直接関わる事項のみならず企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う

 真実告知義務を負う理由については、別の判例でも次のように述べられている。
 「労働契約も人間と人間との継続的な契約関係であって、その関係の円滑、健全な進展は当事者間の信頼関係を無視しては考えられず、労働契約の締結時点で学歴および職歴の重要な部分を意識的に詐称するようであればそれは契約締結の当初から当事者間の信頼関係を著しく損ねるといえるからである。」(下記の「スーパーバッグ事件」を参照)
 そのため、「採用判断を誤らせるような虚偽申告、経歴詐称があった場合は、内定取り消しや本採用拒否の問題となりうる」とされている。そして、学歴や職歴の「重要な部分」の詐称といえるかどうかが判断基準とされる。

【判例の紹介】
スーパーバッグ事件(経歴詐称)
(昭和54年3月8日東京地裁判決)

<事案の概要>
 新制高等学校以下の学歴の者を採用する方針の会社に、短大卒の学歴を高卒と偽り、また5年7ヶ月に及ぶ職歴を秘匿して入社した者に対する懲戒解雇を有効とした。
 「高卒以下の学歴」を条件に工場のオペレーターの求人を出していたにかかわらず、短大卒の学歴を隠して入社したという「逆詐称」の事件。

<判決内容>
 労働者が使用者から学歴その他の資格の申告を求められた場合には、労働者は、少なくともそのうちの重要な部分については、これを正確に申告する信義則上の義務を負う。
 信義則上の義務に違反した場合には、その労働者は、使用者からその詐称を理由に非難されたりそれ相当の不利益を受けたりしてもやむを得ない。

 HRテクノロジーを活用して採用を行う場合、採用担当者としては、労働契約締結の判断において「重要な部分」といえるかどうかを判別するためにも「どの因子が採否判断に影響を与えるか」についてはある程度ロジックを理解しておく必要はあるだろう。
 この点、AIエンジンが組み込まれた採用管理システム(正確には、タレント・アクイジション・ソリューション)が様々な手法を駆使して「ジョブマッチ率」や「カルチャーフィット度合い」「適性度合い」を算出する場合、製品によっては、どのようなロジックを経てそのスコアが算出されたのか、影響度の高い因子は何か、等について詳細に把握できるような仕組みを備えたようなものもある。

 さてここで、「実務的には、中途採用の場合には前職の退職証明書(労基法22条1項)を持参させ、退職理由や退職時期を確認することにより経歴詐称を未然に防げることが多い」とされているが、本当だろうか。

 そもそも海外においては「詐称」というものは普通に起こりうるものと捉えられ、特にキャリア採用の世界では職務経歴書の内容を「盛ってなんぼ」といえるような状態である。そのような文化、背景を前提として、ブロックチェーン技術を人事領域に応用して「詐称」を防ぐ、あるいは見抜くようなテクノロジーも発達してきている。それ以外にも、「バックグラウンドチェック」のソリューションも発達している。(例えば、back check
 ここで、「重要な部分」について詐称が行われていることがブロックチェーンやその他の技術を取り入れたシステムによって見抜かれた場合、自動的に「お祈りメール」を送信してそこには人間が介在しない、という仕組みは問題なく機能するのであろうか。

 この点についても大きな論点が潜んでいると考える。(末尾の「論点2」を参照)

[2]職安法上の規制との関係

【要点】
・「いわゆるリクナビ問題」の理解が重要である。
(詳細説明は別の回に譲る。)

 テクノロジーにより自社求人にマッチする人材を紹介するサービスについては、
・職安法上の有料職業紹介か、
・単なる情報提供なのか、
という区別が問題となる。

 ここで「職業紹介」とは、「求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつせんすること」である(職安法4条1項)。
 したがって、
・求人情報または求職者情報を提供するのみ
・求人および求職の申込みは受けない
・雇用関係の成立のあっせんを行わない

という場合には単なる「情報提供」にとどまり職業紹介には該当せず、事業を行うにあたっても法による許可等の手続きは必要ない。

 職安法上の規制の対象となるか否かの判断は、「雇用関係成立の『あっせん』といえるかどうか、つまり、情報提供者自身の『判断』が入るかどうかがポイントとなる」とされている。
 このため、HRテクノロジーにより求人要件にマッチする人材を紹介するサービスについては、「その人材を実際に選考するかどうかの判断はあくまでユーザ企業側に委ね、サービス提供事業者は単に『情報提供』を行っているに過ぎないという建て付けにする必要がある」ということが、「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)の「第3章 テーマⅠ 採用 労働法の視点から」(担当:倉重公太朗 弁護士)の中でも指摘されていた。

 にもかかわらず、「いわゆるリクナビ問題」が発覚し、世間を騒がせることになったのである。この問題についての詳細説明は、また別の回に譲ることにする。

ガイドライン

 現在、HRテクノロジー・コンソーシアムが主導して「人事データ活用ガイドライン」を策定中であり、「採用」領域に関する「個別ガイドライン」についてはすでにリリースされている。

 ここでは2つの論点の提示を行う。

論点1

 ATS(採用管理システム)の中には、前述のとおり自動的に「不採用通知」を送信できるようなものもある。このような場合は、形式上はテクノロジーが自動判断したように見えるものの、法的問題が生じた場合に責任を取る人間を最低1人以上事前に決めておき、その者が実質的な最終判断をしたことにする、といった工夫が求められる。
 具体的にどのような工夫が必要か、についてガイドライン策定の必要があると考える。

<ガイドラインのポイント>
・誰が責任を取るのか
・NGの理由を問われた場合に、どのようなデータを根拠に説明するのか
・どの範囲までのデータを開示するか

論点2

 「重要な部分」について詐称が行われていることがブロックチェーンやその他の技術を取り入れたシステムによって見抜かれた場合、自動的に「お祈りメール」を送信してそこには人間が介在しない、という仕組みは問題なく機能するのであろうか。

<ガイドラインのポイント>
・テクノロジーにより事前に見抜いた場合、人間が介在せずにNGメール自動送信しても良いか。
・NGの理由を問われた場合に、どのようなデータを根拠に説明するのか。
・どの範囲までのデータを開示するか。
・個人の側をサポートする仕組みがあってもよいのではないか(「バックグラウンド」の内容を技術的に保証)。(例えば、期限切れ資格についてのアラート機能など)

関連講座のご案内

【講座の目的】
「データとテクノロジーを駆使した新たな人事」への進化が真に求められています。ただしその「進化」の過程では、留意すべき事項も多々あります。特に昨今注目され始めているのが、個人情報保護とプライバシー保護の問題です。さらに労働法に関連しても様々な論点があり、多くの日本企業はこれらに対して十分な対策を取れていないというのが現状です。

人事に関わる者として最低限押さえるべき留意点とは何か?それらをクリアするための方法と実践的なステップは何か?
本講座ではこれらに関する基本的な情報を講師から提供するとともに、各概念の説明や専門用語の解説のみならず、各テーマに即して参加者同士がディスカッションを行うことを想定しています。

【講座の特徴】
・HRテクノロジー領域のキャリア10年以上
・ロースクール修了
の講師が、テクノロジーの活用推進に主眼を置きながらも法的な問題点を「事業会社の人事担当者目線」で分かりやすく解説します。また、「人事データ活用ガイドライン」の策定にも関わることが出来ます。

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