記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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むしろネタバレが求められる時代?

最初に大切なことを言っておきますが、この記事自体はネタバレをしません! noteで記事に #ネタバレ タグをつけると「この記事にはネタバレがあるぜ要注意だ」という主旨の警告が表示されるようになっていることを最近知ったので、タグをつけてみました。

というわけで(ついでというわけではありませんが)今回はまじめにネタバレの是非について考えてみます。是非といっても、これから観ようと思っている物語の結末をバラされたらイヤ、というのは「非」に決まっています。

うーん。本当にそうでしょうか?

拙速に結論を出す前に考えておきたいのは、日本はネタバレ嫌悪が進みすぎて少し損をしているのではないかと思われることについてです。

ネタバレ忌避の副作用

わかりやすいのは、映画やゲーム、アニメなどの新作を発売後すぐ「我先に」と観たり買ったりする習慣です。もちろんただ単純に期待しているから早く楽しみたいという気持ちがありますが、「のんびりしているとネタバレを見てしまうから」という真っ暗な理由があることも無視できません。

また、すぐに観たり遊んだりできない場合に、そのまま「積んで」しまうことにもつながっていると考えられます(単なる収集癖の場合もありますけどね)。

なお、業界によって判断基準は少し異なりますが、商品の売れ行き判断において「8日後調査」が重視されるという話を聞いたことがある人は少なくないと思います。発売から1週間程度の売れ行きを比較すれば、最終的にどれくらい売れるかの予測が成り立つため、増産するか、するならどれくらいの量にするか、といった判断に用いられます。また、「次回作」の製作にも影響します。

これは視聴者・ユーザー側からすればあまりいいことではありません。ウソも交えて強力な宣伝を行なった作品ばかりがもてはやされたり、過去にヒットしたものに似た作品の方が浸透しやすいといったかたちで、斬新な作品、メジャーにはなりにくい良作などが埋もれやすくなってしまいますからね。

なお日本以外の国は、そこまで「我先に」観たり買ったりということにこだわらないと言います。これは日本には全国的にしっかりした流通網があったことから(離島などの例外はあるものの)他国に比べれば「新作」をほぼ同時期に楽しむことができたことも関係していると考えられます。日本から見ればずっと先進国であったアメリカでさえ、そもそも宅配が届かないなんて当たり前という時代が長く続いてきましたからね。

もっとも最近は映画やゲームが物理メディアの束縛を離れつつあるため流通事情はあまり関係なくなっており、「世界同時配信」なて言葉もよく聞くようになりました。そしてネットの発達、SNSの台頭はネタバレ被害も加速させているため、相互作用でなんだかみんな作品に触れることに焦りを覚えているような気がするのです。

これがね、いやなんですよ。

ぼくはそもそも、被害者側が配慮することで被害を見えなくする考えがキライです。女性に対して「痴漢に遭いにくい服装をしろ」「そんな姿では痴漢にあっても仕方ない」みたいな意見を時折耳にしますが、頭おかしいって言ったら言い過ぎですかね。どうしろっつーんじゃ! と首絞められても仕方ないじゃないですか。首を絞められにくい発言はしないんだ? と疑問に思います。「いや首を絞めるのは犯罪だから」って、痴漢もでしょ。

すぐに観たり・遊んだりしなければネタバレ事故に遭ってしまう、なんて考えていたら、ハズレをつかまされる機会は増えます。それは時間も無駄にするということです。

反ネタバレは左派マター?

ところでSNSでは、新しいかたちのネタバレが生じています。絵師・二次創作勢によるネタバレイラストです。ぼくはこれで、『水星の魔女』1期最終話のネタバレを視聴前に知ってしまいました。ネタバレも、言葉にしなければOKという認識でもあるのでしょうか?

よく「言葉に責任を持て」とは言いますが、思えば「絵に責任を持たない」傾向はそこかしこで顕著に見られます。言語化しにくいがゆえにエロコードを認めないことも、これに通じることのひとつかもしれません。

流れとしては、匿名掲示板で『DEATH NOTE』などマンガの1コマを"煽り"に使ったことの延長線上にあると考えられます。SNSに常駐するタイプの人を中心に、こういった「ミーム化」(スタンプ化)を求める傾向があると同時に、作り手側が「SNSウケ」を狙って作品の内容をミームの集合化させる場合もあるので厄介です。

アニメは特にミーム欲求に迎合することでSNSを宣伝装置として使いやすいぶん、ネタバレ被害を引き起こしつつ「より早く観ねば」という風潮を加速させるかもしれません。まだTV放映に頼っているアニメ業界としては、最初に放映するTVで観てもらえれば願ったりなので、この共犯関係は今後広がっていくおそれがあります。

とはいえ、作り手側にとって「反ネタバレ」の傾向はあまりありがたいものではないことも忘れてはいけません。ミステリーの結末やヒロインの死といった重大なものはともかく、全般に言及を控えられることは作品の埋没を意味します。物語の中盤あたりまでの「こんな素敵な展開がある」程度のことは話題にしてくれた方がいい場合が多いのです。

今、SNSの言論空間は絵師・二次創作勢とその擁護者たちが中心になって波を作ることが多く、大雑把に言えば彼らは「固いことを言うな」「自分たちがやっていることを批判するのは表現の自由の侵害」という方向で一致団結する傾向があります。

そもそもネタバレは、それをする側が「すでに自分は知っている」ということで相手にマウントを取ろうとすることで起きることが多い、一種の事故です。SNSに依存するタイプが自己肯定と知識のマウント勝負にこだわっている(ように見える)ことが多い様子からエスパーすると、今後、「反ネタバレは左派の考え」なんてことになっていくことも1ミリくらいあるかもしれません。

またそうやって対立することになっても不毛ですから、物語を好むひとたちが、配慮をもってきちんと内容に触れるレビューを書いていくことでお互いの助けになれれば、それがなによりなのかなと思います。ネタバレを完全に忌避するでも、逆に無頓着になるでもなく、そしてスタンプ的なものに限らずに言語化していくのに、noteは最適なプラットフォームかもしれません。

(おしまい)


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