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【医師論文解説】VRが生んだ"新しい酒場"の衝撃的真実【Open】

【背景】 バーチャルリアリティ(VR)技術の発展により、ユーザーはヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着して仮想空間に没入し、アバターを介して他者と交流できる"ソーシャルVR"が台頭してきた。この新たな体験においては、身体性や共同体験が強調されるため、オフラインでの活動を仮想空間で行うことが可能になった。

中でも飲酒は、リアルなバーや夜会を彷彿とさせる仮想世界で盛んに行われており、VRChat などのプラットフォームではそうした会話や体験が数多く報告されている。しかしながら、この新しい現象について、飲酒者や周囲の人々がどのように体験し、認識しているかは解明されていなかった。

【方法】 本研究では、VR飲酒の実態を明らかにするため、VRChatに関する Reddit コミュニティ「r/VRchat」の投稿データを収集・分析した。具体的には、「drink」「drunk」「alcohol」などをキーワードに、2018年1月から2023年3月までの投稿3276件(スレッド225件、コメント3051件)を抽出した。

分析には"Reflexive Thematic Analysis"と呼ばれる手法を用い、2つの研究課題RQ1「飲酒者はVR空間での飲酒をどのように体験しているか」RQ2「非飲酒者はこの慣行をどのように認識しているか」に焦点を当てた。収集データを丹念に読み込み、コーディングを行った上で、サブテーマ、テーマを抽出。最終的には11のテーマと29のサブテーマが特定された。

【結果】 RQ1「飲酒者の体験」に関する主な結果は以下の通り。

■酔いの自覚が薄れる VRの視野狭窄など、酔い対策のための設計が、酔い具合を正しく感知できなくしている。酔っているつもりがないため、過剰に飲酒してしまう危険性がある。

■飲酒を促進する要因 ・移動の手間がない、安全で気軽にできる ・同好の士と出会えて一緒に飲める ・リアルな酒場や余興を体験できる ・匿名性からくる解放感 こういった利点ゆえに、オフラインより多く飲酒してしまう。

■深刻な弊害 ・酩酊によるけが、非現実的な行動(自殺示唆など) ・オフラインでの人間関係の悪化 ・学業や仕事への影響

■対面回避とアルコール依存 ・多くのユーザーが対面を避けるため、アルコールに頼って交流する ・アルコールなしだと交流できなくなる恐れもある

一方、RQ2「非飲酒者の認識」については以下の結果があった。

■飲酒文化が蔓延 ・飲酒の勧誘、回復期の人への影響など、飲酒を助長する環境になっている

■体験の低下 ・酩酊者の不快な姿(おう吐、ふらつきなど) ・強要やハラスメント被害
・飲酒者の迷惑行為

■救助の困難さ ・過剰飲酒時の意識混濁などの緊急事態でも、物理的に遠く離れているため、救助が難しい

【論点】 本研究の重要な知見は以下の4点である。

  1. VRの特性(没入感、アバター、リアルな社会体験)が、意図せず飲酒を助長してしまう。 VR空間の現実再現性が高く、身体性や共同体験を強調するため、バーチャルでの飲酒がリアルな飲酒に近い体験になる。加えて、アノニミティや安全性から抑制がきかず、過剰な飲酒に走りやすくなる。つまり、VRの利点が、かえって飲酒を煽る一因になっている。

  2. 飲酒は社会VRの人気活動になりつつあり、未成年保護など新たな対策が必要。 投稿を分析すると、仮想世界での飲酒の蔓延が見て取れる。単なるオプション活動ではなく、目的の一つとなっている。未成年に悪影響を及ぼす危険性もあり、プラットフォーム側での規制や教育が欠かせない。

  3. 酔い対策の副作用で、酔っぷりを正しく感知できないことが判明した。
    視野狭窄などの酔い対策設計が、予期せぬ副作用として酔い具合の自覚を阻害していることが分かった。VRの安全設計の課題が露呈した形だ。

  4. VR飲酒の危険性(事故、酩酊行動、依存)を軽視できない。 VR空間での飲酒は、オフラインとは異なるリスクを生む。酔っ払った状態での事故は避けられず、救助が困難な環境下での酩酊は重大事態に発展しかねない。さらにアルコール依存の芽生えも指摘された。

【結論】
本研究はVR空間における新たな飲酒文化の実態を、飲酒者と非飲酒者の両方の視点から明らかにした。VRの特性がこの有害な習慣を助長していること、未成年保護や安全確保が急務であることが分かった。

研究チームは、プラットフォーム運営側に対して以下の対策を提案している。

  • 飲酒環境への注意喚起・教育コンテンツの設置

  • 非アルコール設定をデフォルトに、飲酒関連コンテンツの視認性コントロール

  • 生理指標に基づく酔い具合の通知システム

  • 視野狭窄などの酔い対策設計の見直し

加えて、実証的な追加研究を呼びかけている。アルコールがVR体験に与える影響の定量分析や、健康リスクの究明、変性意識下でのソーシャル体験の検証など、VR飲酒に関わる課題は多岐にわたる。

本研究がVR空間の安全性と倫理的側面を考える端緒となり、今後は関係者が一体となって、健全なVR利用を実現できることを願う

【文献】Chen, Qijia, Andrea Bellucci, and Giulio Jacucci. "“I’d rather drink in VRChat”: Understanding Drinking in Social Virtual Reality." Proceedings of the CHI Conference on Human Factors in Computing Systems. 2024.

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【所感】アルコールが与える生理的・認知的影響は既に多くの研究により明らかになっていますが、本研究はVR技術の特性がそれらの影響を修飾する可能性を指摘しており、新たな知見といえます。VR空間における酔いのマスキング効果は、飲酒量の過小評価や過剰摂取につながる危険性があり、看過できない問題です。VRが生みだす錯覚が、アルコール依存症や急性アルコール中毒などの深刻な健康被害を招きかねません。

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