【夏休み科学Vtuber相談室x医師論文解説】60歳以下なら90%成功!? 声帯を失って「第二の声」獲得への道【OA】
背景:
喉頭全摘術は、喉頭癌や下咽頭癌の治療として重要な手術ですが、この手術によって患者は発声機能を失います。
そのため、術後の音声リハビリテーションは患者のQuality of Life (QOL)の観点から非常に重要です。特に、食道発声は最も優れた代用音声の一つとされています。本研究では、大阪府立成人病センター耳鼻咽喉科・頭頸部外科における喉頭全摘患者の音声リハビリテーション、特に食道発声の習得状況と影響を与える要因について詳細に調査しています。
方法:
1988年1月から1990年12月までの3年間に喉頭全摘術を受けた186例のうち、1991年末時点で定期的に外来フォローアップを受けていた110例を対象としました。同一験者による直接インタビュー法を用いて以下の項目について調査しました:
日常生活で使用している代用音声の方法と筆談の有無
食道発声の練習の有無(練習者には練習場所と期間、非練習者にはその理由)
食道発声習得者に対しては、単音節発声習得までの期間と1回空気摂取による発語音節数
食道発声の明瞭度と印象度
また、食道発声習得に影響を及ぼす可能性のある要因(原疾患、放射線治療の有無、術後瘻孔形成の有無、食道再建の有無、年齢、性別)についても検討しました。
結果:
食道発声練習と習得率
全体の約80%(89/110例)が食道発声の練習を行いました。
食道発声練習者の習得率は78%(69/89例)でした。
全症例(110例)における食道発声習得率は63%(69/110例)でした。
単音節発声習得までの期間
59%(41/69例)が2ヶ月以内に習得
87%(60/69例)が4ヶ月以内に習得
1回空気摂取による発語音節数
4音節と7音節にピークが見られました。
23%(16/69例)が9音節以上を一息で発声可能でした。
明瞭度と印象度
74%(51/69例)が明瞭度4以上(ほとんど理解できる、またはすべて理解できる)でした。
印象度は、poor 13%(9/69例)、fair 25%(17/69例)、good 43%(30/69例)、excellent 19%(13/69例)でした。
原疾患による比較
喉頭癌患者の食道発声習得率:65%(53/82例)
下咽頭癌患者の食道発声習得率:54%(14/26例)
統計学的に有意な差は認められませんでした。
放射線治療の影響
照射例の食道発声習得率:75%(15/20例)
非照射例の食道発声習得率:60%(54/90例)
統計学的に有意な差は認められませんでした。
術後瘻孔形成の影響
瘻孔形成例の食道発声習得率:56%(5/9例)
瘻孔非形成例の食道発声習得率:63%(64/101例)
統計学的に有意な差は認められませんでした。
食道再建の影響(下咽頭癌患者のみ)
一次縫合例の食道発声習得率:70%(7/10例)
再建例の食道発声習得率:44%(7/16例)
統計学的に有意な差は認められませんでしたが、再建例でやや低い傾向がありました。
年齢の影響
60歳未満:91%(32/35例)が食道発声を習得
60歳以上75歳未満:58%(35/60例)が食道発声を習得
75歳以上:13%(2/15例)が食道発声を習得
性別の影響
男性の食道発声習得率:66%(61/92例)
女性の食道発声習得率:44%(8/18例)
統計学的に有意な差は認められませんでしたが、年齢の影響が反映されていると考えられました。
筆談のみの症例
全体の15%(17/110例)が筆談のみでした。
平均年齢は71歳(最年少59歳、最年長81歳)でした。
議論:
食道発声の有効性: 本研究の結果は、食道発声が喉頭全摘患者にとって有効な代用音声方法であることを示しています。習得率が高く、多くの患者が日常会話に支障のない程度の明瞭度を達成しています。
原疾患による影響: 喉頭癌患者と下咽頭癌患者の間で食道発声習得率に有意な差は見られませんでした。これは、可能な限り残存咽頭粘膜の一次縫合を行う術式を採用していることが影響している可能性があります。
再建手術の影響: 下咽頭癌患者において、再建例は一次縫合例に比べて食道発声の習熟率が低い傾向がありました。これは、再建手術が食道発声の習得に影響を与える可能性を示唆しています。
年齢の影響: 年齢は食道発声習得に大きな影響を与える要因であることが明らかになりました。60歳未満の患者では非常に高い習得率が得られていますが、75歳以上の患者では習得率が著しく低下しています。
高齢者の課題: 75歳以上の患者では食道発声の習得率が低く、多くが筆談のみに頼っています。これは、高齢者の音声リハビリテーションが今後の重要な課題であることを示しています。
結論:
食道発声は喉頭全摘患者の代用音声として有効であり、多くの患者が習得可能です。
原疾患、放射線治療、術後瘻孔形成は食道発声習得に大きな影響を与えません。
年齢は食道発声習得に最も大きな影響を与える要因です。
高齢者、特に75歳以上の患者の音声リハビリテーションが今後の課題です。
文献:藤井隆, et al. "喉摘者の音声リハビリテーション, とくに食道発声習得について." 日本耳鼻咽喉科学会会報 96.7 (1993): 1086-1093.
この記事は後日、Med J Salonというニコ生とVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。
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気管食道(TE)シャントとは
気管食道シャント(Tracheoesophageal Shunt, TEシャント)は、喉頭摘出術(喉頭の全摘出手術)を受けた患者が再び音声を発することを可能にするための外科的処置です。この手術では、気管と食道の間に小さな通路(シャント)を作り、人工的な発声を助けます。
TEシャントの手順
食道と気管の間にシャントを作成:
喉頭摘出後、気管と食道の間に小さな開口部を作ります。
ボイスプロステーシスの挿入:
開口部に一方向にしか開かないバルブを備えたボイスプロステーシス(発声補助装置)を挿入します。この装置は、食べ物や液体が気管に入るのを防ぎながら、発声を可能にします。
発声の訓練:
患者はスピーチセラピストと協力して、新しい発声方法を学びます。息を吐くことで空気をプロステーシスを通して食道に送り、その振動を利用して声を出します。
主な適応症
喉頭癌: 喉頭摘出術を受けた患者。
重度の外傷: 喉頭の深刻な損傷により、通常の発声が不可能になった場合。
メリット:
喉頭摘出後でも音声コミュニケーションが可能になる。
比較的自然な声を出すことができ、生活の質が向上する。
リスク:
感染のリスク。
ボイスプロステーシスのメンテナンスが必要。
発声の訓練に時間がかかることがある。
所感:
本研究は、喉頭全摘患者の音声リハビリテーションに関する貴重なデータを提供しています。特に注目すべき点は以下の通りです:
食道発声の有効性: 高い習得率と明瞭度は、食道発声が有効な代用音声方法であることを裏付けています。これは、一次的なTEシャント手術の必要性について再考する必要性を示唆しています。
術式の重要性: 下咽頭癌患者でも喉頭癌患者と同等の食道発声習得が可能であるという結果は、可能な限り残存咽頭粘膜の一次縫合を行う術式の重要性を示しています。過度に広範囲な切除と再建を行うことのデメリットを示唆しており、個々の症例に応じた適切な術式選択の重要性を再認識させられます。
高齢者のリハビリテーション: 75歳以上の患者における低い食道発声習得率は、高齢者に対する新たなリハビリテーション戦略の必要性を示しています。例えば、入院中からの人工喉頭の指導など、代替的なアプローチを検討する必要があるかもしれません。
長期的なフォローアップの重要性: 本研究では、術後約1年後の時点での評価を行っていますが、さらに長期的なフォローアップによって、食道発声の習得や上達の過程をより詳細に理解できる可能性があります。
多面的アプローチの必要性: 年齢以外の要因(例:認知機能、社会的サポート、モチベーションなど)が食道発声習得に与える影響についても、今後さらなる研究が必要かもしれません。
QOLへの影響: 食道発声の習得がQOLにどのように影響するかについて、より詳細な調査が望まれます。
この研究結果は、喉頭全摘患者の音声リハビリテーションにおける臨床的意思決定や患者指導に有用な情報を提供しており、今後の研究や臨床実践に重要な示唆を与えています。
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