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【医師論文解説】「適量飲酒」は幻想か? 英国50万人調査が示す衝撃の結果【OA】


背景:

アルコール摂取と動脈硬化の関係については、長年議論が続いてきました。これまでの研究では、適度な飲酒が心血管系にとって有益であるという「Jカーブ」仮説が支持されてきました。

しかし、この仮説には方法論的な問題があるとの指摘もあり、真相は明らかではありませんでした。英国のRudolph Schutteらの研究チームは、この問題に新たな光を当てるべく、大規模な横断研究を実施しました。

方法:

研究チームは、英国バイオバンクの参加者のうち、40〜69歳の男性9,029名(ビールまたはサイダーのみを飲む群)と女性6,989名(赤ワインのみを飲む群)を対象に分析を行いました。

アルコール摂取量は自己申告の質問票で調査し、1単位を純エタノール10mLとして週単位で計算しました。動脈硬化の指標として、光電式容積脈波計を用いて動脈硬化指数(ASI)を測定しました。

結果:

  1. 男性のビール/サイダー飲酒群(平均17.8単位/週):

    • ASIは飲酒量の7分位で増加傾向を示しました(年齢調整後: 9.14, 9.40, 9.51, 9.53, 9.80, 9.80, 10.00 m/s; p<0.001)

    • 全調整後も同様の傾向が見られました(9.29, 9.46. 9.55, 9.55, 9.73, 9.73, 9.75 m/s; p=0.013)

  2. 女性の赤ワイン飲酒群(平均8.1単位/週):

    • ASIは飲酒量の7分位で増加傾向を示しました(年齢調整後: 8.05, 8.05, 8.05, 8.11, 8.17, 8.30, 8.45 m/s; p=0.012)

    • 全調整後も同様の傾向が見られましたが、統計的有意性は境界線上でした(8.05, 8.07, 8.05, 8.07, 8.11, 8.22, 8.43 m/s; p=0.055)

  3. 多変量回帰分析の結果:

    • 男性のビール/サイダー飲酒群: 全年齢層、50歳未満、50歳以上、週14単位超の飲酒者で有意な正の関連が見られました。

    • 女性の赤ワイン飲酒群: 全年齢層、50歳以上、週14単位超の飲酒者で有意な正の関連が見られました。

    • 週14単位以下の飲酒者では、男女ともに有意な関連は見られませんでした。

  4. 年齢とアルコール摂取量の交互作用:

    • 男性のビール/サイダー飲酒群では、年齢とアルコール摂取量の間に有意な交互作用が見られました(p=0.027)。

    • 女性の赤ワイン飲酒群では、有意な交互作用は見られませんでした(p=0.34)。

議論:

この研究結果は、アルコール摂取と動脈硬化の関係が線形であることを示唆しています。つまり、飲酒量が増えるほど動脈硬化のリスクが高まるということです。特筆すべきは、従来「適度」とされてきた飲酒量(週14単位以下)でも、男性のビール/サイダー飲酒群では週2.56単位から、女性の赤ワイン飲酒群では週1.63単位から、ASIの有意な増加が見られたことです。

この結果は、アルコールが血管に直接的な毒性作用を及ぼしている可能性を示唆しています。赤ワインに含まれるポリフェノールの抗酸化作用も、アルコールの有害作用を打ち消すには不十分であることが示されました。

また、50歳未満の男性でもアルコール摂取とASIの関連が見られたことは、若年層からの飲酒が将来の心血管リスクに影響を与える可能性を示唆しています。一方、50歳未満の女性で関連が見られなかったのは、閉経前のエストロゲンの血管保護作用が関与している可能性があります。

結論:

この研究は、アルコール摂取と動脈硬化の関係が線形であり、「適度な飲酒には心血管系に対する利点がある」という従来の見解を支持しないことを示しました。ビールやサイダー、赤ワインなど、飲酒の種類に関わらず、アルコール摂取量の増加に伴って動脈硬化のリスクが高まることが明らかになりました。

文献:

Schutte, Rudolph et al. “Alcohol and arterial stiffness in middle-aged and older adults: Cross-sectional evidence from the UK Biobank study.” Alcohol, clinical & experimental research, 10.1111/acer.15426. 20 Aug. 2024, doi:10.1111/acer.15426

この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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所感:

本研究は、アルコール摂取と心血管健康の関係に関する我々の理解を大きく前進させるものです。特に、従来の研究で見られた方法論的な問題(非飲酒者を対照群とすることによるバイアスなど)を回避し、連続的な分析を行ったことは高く評価できます。

結果が示す線形関係は、公衆衛生の観点から非常に重要です。「適度な飲酒は心血管系に良い」という広く信じられてきた見解を覆すものであり、アルコール摂取に関する健康指針の見直しにつながる可能性があります。

ただし、本研究にもいくつかの限界があります。横断研究であるため因果関係を断定できないこと、40〜69歳の集団に限定されていること、アルコール摂取量が自己申告であることなどです。また、ASIが動脈硬化の指標として用いられていますが、より標準的な頸動脈-大腿動脈脈波速度との直接比較が難しい点も考慮する必要があります。

今後は、より若年層を含む長期的な追跡調査や、アルコールが血管に与える影響のメカニズムを解明する基礎研究が求められます。また、この結果を踏まえて、アルコール摂取に関する公衆衛生政策の再検討が必要になるでしょう。

総じて、本研究は「安全な飲酒量はない」という近年の見解をさらに裏付ける重要な証拠を提供しており、アルコールと健康に関する我々の理解を大きく変える可能性を秘めています。

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