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『雪と椿 6』

※BL小説です。性的描写があります。興味のない方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。


 行灯の艶めかしい明かりが夜具の上で揺れている。いや、揺れているのは、伊織の下で肢体を絶え間なくくねらせている椿だろうか。
 衣擦れの音と抑えた吐息、淫靡な水音が部屋に響く。
 日の高いうちに外に出たことなど、一座に引き取られてから一度もないから、椿の肌は市井の女とは比べものにならぬほど白い。その白い膝が、大きく割れた赤い椿模様の着物の合わせから覗き、象牙でできたような二つの艶やかな山を作っている。そしてその谷間では、伊織が濡れた音をたてながら頭をうごめかせていた。
「ゆきむら、さま……っ」
 拳を口元に当てているせいで、声がくぐもる。いつもの演技ではない、自分にも耳慣れない甘酸い声が漏れてしまいそうで、あられもない声を伊織に聞かれるのは恥ずかしくてならなかった。
 悶えていると、立てた膝を閉じて伊織の頭を締め付けてしまいそうだったから、椿は為す術もなく足袋の爪先を丸めるばかりで、降り積もる快感に耐えていた。
 そんな様子に気付いたのだろう、伊織は口での愛撫を休めて、椿の汗ばんだ額にかかった髪を、優しい仕草でかき上げる。
「これは嫌いか。椿の嫌なことをしていたら言ってくれ」
「雪村さまこそ、お嫌ではないのですか」
「だらしのないことだが、寝ても覚めてもずっとこうなることを夢に見ていたからな」
 伊織の顔の半分は、行灯の光が届かずに影になっている。灯りに浮かび上がる男らしい顔はとても優しく、それでいてこれまでになく色めいて見えた。
「椿の身体の全ての場所を、舐めたり吸ったりしてみたかった」
 そして、伊織は言葉通りのことをした。
「あぁ、ああぁ……!」
 全身に落とされる接吻は温かな雪のようだ。
 体の力を抜いて目を閉じていると、幼い頃くにで見た雪の光景が思い出された。
 冬には雪が深く積もる故郷では、吹雪の合間に雪を除けておかないと、木戸の開け閉てさえできなくなる。凍るような寒さで、毎年幾人も年寄りや子供が死んだ。最も寒さの厳しい頃には、むしろ雪でふさがれてすきま風が入らない方がましになる。だから、手仕事で作った粗末なものを売りに行き、必要なものを手に入れてくる他は、冬中出歩かなくても済むように食料を蓄えることが死活問題だった。
 満足に食べたことなどなくて、いつもひもじい思いをしていた。だから、顔立ちだけは兄弟で一番良いと言われていて、速く走ることのできない足をした自分が、一番先に売られたことは当然だったのだと思う。家族全員が飢え死ぬのを待つよりは、余程良かった。二つ下のまだ6つにしかならない妹が連れて行かれるより、ずっと良かった。
 苦しい暮らしの思い出と繋がることが多い雪景色の記憶の中にも、幸福な思い出がなかったわけではない。
 久し振りの晴れ間に、明かり取りの高窓から戸外に出て、兄や妹たちと遊ぶのが楽しみだった。道も川も小さな社も地蔵さまもみんな消えて、平たい白い世界が広がっている。世界がまっさらになったようで、胸がすくような心持ちだった。細かい光の粒が浮かぶ大気は、深く吸い込むと胸を痛めたけれど、白く目映い世界を椿は綺麗だと思った。
 雪に覆われた屋根に横たわると、細かい雪がひらひらと舞い降りて、気まぐれに幼い椿の顔や手に触れた。
 とても大きな美しいものから、言葉ではない方法で何か素晴らしいことを伝えられているような気がして、椿は擦り切れた袖から覗くあかぎれのした手を、いつまでも飽きずに空に向かってかざしたものだ。
 伊織の愛撫は、あの時の気分を思い出させた。
 舞い落ちるひとひらの接吻が、椿の白い肌に灼けるような疼きを残す。伊織の指先が捏ねてつまみ出した木の芽が、胸の先で赤く色づいている。
 椿は、ここに向かう前に前もって菊蕾に菜種油を塗ってきていたが、伊織は椿油を取り出し、念入りにそれを秘所に塗り込めて解し始めた。下を柔らかくすることまで客にして貰ったことはなくて、いつも以上に念入りに洗ってきた場所ではあったけれど、申し訳なくてたまらなかった。
「雪村さま、勿体のうございます。もう……」
「椿。苦しくないか」
 抱かれ慣れた身体である。小菊の蕾は、好きな男の指ですぐに花開いた。
「もう大丈夫ですから、どうぞ……」
 早く、欲しい。伊織と身体を繋げたい。言葉にするのはあまりに淫らに過ぎる気がして、椿は切ない表情で潤んだ瞳を上げた。
「……椿」
 いつもより喉奥で押し殺した声が、椿の名前を呼んだ。見上げる伊織の顔は、激情を滲ませてむしろ辛さを堪えるようだ。
 窄みに押し当てられた熱が、花の径を押し開き分け入って来た。

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