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いつかどこかで本当にあったお話を、星栞カノン独自の解釈で地球人向けの物語に落とし込みました。
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記事一覧

【SS】朝顔と約束

【SS】朝顔と約束

 昔はもっと身軽だったと思う。
 例えば、「明日世界が終わります」と言われても、「そうですか、分かりました」なんてすまして言えちゃうような。そんな人生だった。
 なんでも捨てられるし、なんにも持っていない。
 たとえ大人になっても、きっとこのままなんだろう。
 これは、心からそう思っていた頃の話。
 そこは1年生の教室で、私は小学生だった。季節は夏。それも明日にはもう夏休みという時期。学校が終わっ

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SS自己紹介企画 参加作品

SS自己紹介企画 参加作品

 人は数でできている。
 そう言っても過言ではないくらい、この星の人間は何もかもを数値化して、それを指標にステータスだの何だのを決めているように思う。
 生年月日、身長、体重、スリーサイズ、体脂肪率、靴の大きさ、血圧、血糖、BMI、月収年収、資産額、電話番号郵便番号、社員番号学籍番号、マイナンバー。
 まだまだある。それこそ数え切れないほどある。
 もちろん動物や自然にも同じような数値はついてまわ

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【SS】仔羊と月

【SS】仔羊と月

 星の夜、月の下。
 その羊の仔は、たった1匹、夜空を見ながら泣いていました。
 通りかかった、優しい春の夜風が問いかけます。
「そんなに泣いて、何か悲しいことでもあったのかい」
 羊の仔は答えます。
「ええ、ええ、そうなんです。わたしはとても悲しいことがありました」
「それは大変だ。君はそれが悲しくて泣いているんだね」
「いいえ、いいえ、」
 羊の仔は首を振ります。大粒の涙がきらきらと、否定の向

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【SS】正を刻む

【SS】正を刻む

 それはいつかのどこかの話。
 もう誰も覚えてはいない、とっくに消えた星での話。
 その女の子は、ある日不思議な機械を拾いました。
 それには女の子の手よりも小さく四角いディスプレイと、大きな丸いボタンが白と黒で2つと、ひとつひとつに違う文字や記号が刻まれた、40個の小さいボタンがありました。
 持ち帰っていろいろと試した結果、どうやらこれは文字を打ち込む道具であると分かりました。
 こんなものは

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【SS】曲解

【SS】曲解

 僕は花を飼っている。
 まだ一歳にも満たないそのシレネは日光が大好きで、よくこっそり鉢を抜け出しては縁側に出ていた。
 もう、などと言ったところで聞こえはしない。いくら花でも耳まではないだろう。僕はいつも通り無言で連れて植え直した。
 お隣の信号が買い物に行くのが見える。青がチカチカ光っていて、きっと急いでいるんだろうなと思う。
 角の生えた街灯にまとわりつく砂をじっと見つめて、僕はふと家の中へ

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【SS】知らないアリアと白黒の鍵

 その都には、あまりにも大きな教会があった。
 澄んだピアノの音が中から絶えず響きつづけ、離れた場所からみると建物の形はどこかパイプオルガンを模したようにも見える。
 周囲には歌劇場や楽器屋などがひしめき、かごいっぱいに抱えて大通りへと出てきた花売りの娘も、歌うように楽しげな声で季節の花束を宣伝して回っている。おおよそこんな光景が、どの地域でも見られる世界。
 この星は、当たり前のように音楽に支配

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【SS】傘理論

 雨なんて、別に平気だった。
 ただみんなが当たり前のように傘をさして歩くから、ぼくもなんとなくつられてさすことがあるだけ。
 濡れたって気にならないのに、それだってぼくの勝手なのに、みんながそれを許そうとしないだけ。
 自分の善意、あるいは良識とかいうものに、きっとよほどの自信があるのだろう。
 濡れたまま歩こうとすると、ある者は傘をさしだし、ある者は雨宿りできる屋根へと誘い、またある者はタオル

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[SS]宙にクリオネ

 見上げた海に、悠然と泳ぐクジラ。
 日の光は今やあまりにも遠く、ささやかだ。
 スクラップにされた機械たちの山の上。現状だと、この世界でもっともソラに近い場所。
 その天辺に佇むひとつの人影は、悪気なく視界を塞ぐクジラの向こうに、一昨日や五日前と同じように、かつてのささやかな思い出を探していた。
「⋯⋯今日も、見えないや」
 彼らのあまりに利己的な生命活動は留まることを知らず、ツケはどんどんと押

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