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【SS】正を刻む
それはいつかのどこかの話。
もう誰も覚えてはいない、とっくに消えた星での話。
その女の子は、ある日不思議な機械を拾いました。
それには女の子の手よりも小さく四角いディスプレイと、大きな丸いボタンが白と黒で2つと、ひとつひとつに違う文字や記号が刻まれた、40個の小さいボタンがありました。
持ち帰っていろいろと試した結果、どうやらこれは文字を打ち込む道具であると分かりました。
こんなものは初めて見ました。お母さんに知られたらきっと取り上げられてしまいます。
女の子は自分のお部屋のとっておきの場所に、それを隠しました。そしてまた後日、今日も親がいないのをしっかり確認してからそれで遊びだしました。
白いボタンを長く押すと、電源が入ります。
それを確認してから、とりあえず今日あったことを丁寧に入力します。
女の子にはお友だちがいませんでした。両親もおうちにいる時間は少なくて、女の子はたいていいつもひとりぼっちでした。
「じゅぎょうちゅうに さわいでるひとがいました」
「うるさいっておこったら みんなにわらわれました」
「ただしいはずなのに どうして ?」
だいたいそんな感じでした。女の子はとても真面目で、正しきをなすことはすべて正しいのだと素直に信じていました。
お母さんの言うことは聞きましょう。
好き嫌いはいけません。
みんなが作ったルールを破るなんてもってのほか。
間違っているお友だちがいたら、ちゃんと教えてあげましょう。
「⋯⋯そうしたのに」
ぽつんと言いながら、白いボタンを押しました。入力完了です。
すると画面上にドット絵でアニメーションのようなものが再生されました。女の子の書いた文字が折りたたまれ、紙飛行機となってどこかへと飛んでいきます。そしてそのあと文字が出てきました。英語なんて女の子にはまだ分かりませんでしたが、ローマ字ならなんとか読むことができました。
そこには『ノネ』、と、そう書いてありました。
どこかへ届けるようなアニメーション。そしてノネの文字。女の子は未熟な頭で考えた結果、それを人の名前だと解釈することにしました。
女の子は今、ノネという名前の誰かにメッセージを送ったのです。
女の子は喜びました。まるでお友だちができたみたいでとてもうれしかったのです。
それから女の子は、ことあるごとに機械を取り出しては、ノネにメッセージを送りました。
返事は一度も来ませんでしたが、それでも送る頻度は日を追うごとに増えていき、いつの間にか冒頭にはかならず決まり文句がつくようになりました。
「ねえ ノネ」
学級委員が決まらなくて先生が困っていたら、クラスのみんなが私を推してくれたの。きっとみんなは自信がなかったから。
頭のよくない子に勉強を教えてほしいって言われたから、わかりやすく教えてあげたの。私はクラスで三本の指に入るくらい、頭がよかったから。
最近はご飯を作ったり、重たいものを買いに行ったりもするの。お母さん、忙しいみたいであまり帰って来ないから。
学校でも頼まれごとが増えたの。みんなも忙しいなら仕方ないよね。でも私は別に、ほら、友だちだっていないから。
「ねえ ノネ」
「わたし ただしい? えらい?」
疑問符をつけてみても、返事が来ることはありませんでした。
それでも女の子はまだ、自分だけが正しくてしっかりしていて、クラスのみんなは幼稚でまだ物を知らないと思っていました。
そう思っていないと、なぜだか上手に息ができませんでした。
そうして女の子は何一つ、悪いことをしないまま生活しました。
怒りもせず、泣き言も言わず、毎日をただずっと耐え続けました。
本で昔読んだことがあります。正義の味方でいるということは、かくも難しくつらいものなのです。
でもきっと、私にならできる。
そう思っていた女の子は、しかしますますひとりぼっちになりました。お母さんはある日を境に永遠に帰ってこなくなり、お父さんは寝てばかり、クラスの人からも少しずつ構われなくなりました。
何が正しいのか、もう女の子には分かりませんでした。
清く正しく生きていれば、神様が見ていてくれる。きっと幸せになれると教えられていました。今もそう思っています。
ならそれは、いつなのでしょうか。
私はひょっとして、間違えていたのでしょうか。
幸せになんて、もうなれないのでしょうか。
「あ ああ」
女の子は泣きました。叫びました。
誰もいない、汚い部屋で。
もうおかしくなってしまいそうでした。
女の子はその燃えるような悲しみを、今まで口に出したことなんてないような汚く投げやりな言葉に変えて、送りました。
そこにしかもう、はけ口はありませんでした。
「わたしを みとめて」
それはきっと、初めて抱いた、女の子にとって『正しくない』感情でした。
たとえ認められなくても、無私で尽くす。善いことをする。
そうしていれば、いつかきっと、同じように正しい人が集まってきて、自分が納得できるような、正しさに満ちた素敵な世界になると思っていました。
でも違いました。きっとみんなが正しくて、追い出されたのは自分の方だったのです。
「ねえ ノネ」
「もういい さようなら」
送信。
いつもの紙飛行機のアニメーションが再生されました。
そしてこれまたいつも通りに、そのあとにはひとつの単語が表示されるのです。
ただ一言、『None』と。
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