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マッキンゼー発:Deliberate Calm(意図的な冷静さ)が変えるリーダーシップとチーム

「Deliberate Calm」という本がとても良かった。kindleで読み始め、audible で読み進め、結局ハードカバーも買ってあちこち読み返している。そして人に本書のことを話すたび「すっごい良かった!」と熱量があがるのだ。

「Deliberate Calm」の主張

最も落ち着くべき時に焦りまくる私たち

「Deliberate Calm」は、意図的な冷静さ・落ち着きのことを指す。私たちは、初めてのことに直面したり、状況が急激に変化したりしたときに、いつも以上に冷静さが求められる。例えば、初めてプロジェクトをリードするとき。パートナーが長期出張で初めてワンオペで子どもたちの世話をすることになり、自分の仕事も繁忙期でテンッパってるとき。また、事業環境が急激に変化して、長年積み上げてきたやり方では全く成果が出なくなり、いよいよ追い込まれてしまったとき…。そうした状況で私たちは精神的に追い込まれてしまう。焦って拙速に判断を下したり、やみくもに頑張ったり、変化から目を背け賞味期限の切れた過去の勝ちパターンを繰り返して、状況をさらに悪化させてしまいがちだ。本当はそういう時こそ、いつもにも増して落ち着いて自分と周囲の状況を冷静に観察し、過去の成功体験を脇に置いて新たなアイデアを出し、創意工夫することが重要なのに。

こうしたプレッシャーのかかる場面でこそ、冷静さを失わず工夫を重ねて状況を打開できる力が必要だ。著者たちは、その力は才能ではなく、訓練で身につけられるスキルだと言う。また、個人のスキルだけでなく、チームや組織の共通規範を整えることで、難しい状況を打開し、変革を実現できると主張している。

マッキンゼーの知見と科学的な裏づけ

3人の著者を紹介しよう。Jacqueline Brasseyは、人と組織に関する研究をしているマッキンゼーのChief Scientistで、マッキンゼー社内のトップリーダーたちの能力開発もリードしている。Aaron De Smetもマッキンゼーで、クライアント向けに組織診断のフレームワークを開発した一人だ。Michiel Kruytは以前はマッキンゼーでクライアントの組織開発に取り組んでいたが、現在は独立して、組織開発やサステナビリティーの事業を行っている。

著者たちは、プレッシャーのある場面で落ち着いて、工夫をして問題を解決する力を「意図的な冷静さ」と呼んでいる。彼らは、脳科学、リーダーシップ開発、チームワーク開発の専門家であり、これらの分野を組み合わせて方法を体系化した。彼らは豊富な研究の裏づけを用意し、マッキンゼーがクライアントの経営課題を解決するためにこの方法を活用した。

Deliberate Calm (意図的な冷静さ)は、適応力、学びの柔軟性、自己認識、そして感情制御の4つの要素から成り立っている。著者らが行った調査では、グローバル製薬企業のリーダー1,450名がこれら4つの要素を学ぶことで、成果が大幅に向上した。学習していないグループと比較して、業績や変化への適応力、楽観性、新しい知識やスキルの習得などの改善幅は3倍、ウェルビーイングの改善幅は7倍になった。この学習プログラムは、週に30分を3ヶ月間続けるだけで効果が現れるとされている。

呼吸法、マインドフルネス、セルフ・アウェアネス

Deliberate Calm (意図的な冷静さ)の実践に用いられるテクニックは、たとえば次のようなものだ。

  • 意識的な呼吸(マインドフル・ブリージング)

  • 身体の感覚に注意を向けるボディー・スキャン

  • 自身の内面と外部刺激から来る体験を同時に観察するデュアル・アウェアネス

  • 視点をネガティブからポジティブにシフトさせるリフレーミング

  • 感謝の実践

  • 望ましい状態をありありと想像するビジュアライゼーション

  • 厳しい状況で自身に優しさといたわりを向けるセルフ・コンパッション

本書の意義

1. マッキンゼー・ミーツ・人の内面を扱う手法

ここまで、「Deliberate Calm」の内容について概説したが、この本の重要性は少なくとも3つの点にあると考えている。

まず第一に、厳しいビジネス課題に取り組む世界的な企業であるマッキンゼーが、人々の内面に焦点を当てていることが注目に値する。本書で紹介されているテクニックは、マインドフルネスやフロー、ポジティブ心理学など、「人の幸せ」を追求する分野で開発されたものだ。マッキンゼーはこれらのテクニックをクライアントに提供し、同社のリーダー層にも活用している。本書からは、マッキンゼーとそのクライアント企業が、これらのテクニックを「幸せ」の追求だけでなく、ビジネス成果に直接つながる投資対象として位置づけていることが理解できる。

20年以上前、私はマッキンゼーの現場で働いていた。当時も今も、マッキンゼーの課題設定や分析においてファクトとロジックが重視されていることに変わりはない。ただ、その頃は、「人の内面をどう扱うか」という要素がクライアントの事業変革に関する分析や提案の中心になることはなかった。それはむしろ、マッキンゼーの幹部とクライアントのキーパーソンの個人的な関係で取り扱われることが多かった。

この本は、私にとって新時代の象徴だ。マッキンゼーが体系的に「人の内面」に取り組むようになり、クライアントの要請に対してファクトとロジックを用いて人の内面の問題に応える時代が到来したのだ。

私の感慨はさておき、これは組織変革の基本的な考え方が大きく変わったことを示している。従来の組織変革は、リーダー自身よりもチームや組織の変革が前提だった。しかし、「Deliberate Calm」(意図的な冷静さ)では、まずリーダー自身の内面の変容が必要で、それが組織変革の原動力となるというスタンスを取っている。そして、このアプローチはマッキンゼーとそのクライアントというグローバルビジネスの経営層で実践されているのだ。ここに本書の意義と革新性がある。

2. ビジネスに直結する、リアリティーある事例

本書の意義の2つ目は、豊富で的確な事例が紹介されていることである。企業や人物は仮名で登場するものの、実際の事例に基づいており、状況や心理描写が現実感を持って描かれている。例えば第7章では、プロジェクトリーダーのシモーヌが進捗遅れと情報提供の遅れに悩んでいるシーンから始まる。

(粗い訳)「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか。」シモーヌの声は少し大きくなっていた。「締め切りに間に合うようにいくらでもサポートできたのに、もう間に合わないじゃないですか。失敗確定ですよね。」シモーヌの声はさらに大きくなり、息つぐ間もなく続けた。「このソフトウェアをローンチできなかったらプロジェクト丸ごと潰されちゃいますよ。私たち、全員、クビになっちゃうかも。」
(中略)
部下のジョナサンは、今回のような新規プロジェクトでは予定通り物事が進まない状況は避けられないと考えている。しかしリーダーのシモーヌは、課題を報告すると動揺し、失望してすぐに最悪の事態を想定してしまう。そのせいでチームメンバーのモチベーションが下がってしまうのだ。ジョナサンも本来なら早めにシモーヌに報告した方が早く問題解決できると分かりつつ、自分でなんとかしようとしてしまいがちだ。
シモーヌは自分が正しいと信じている。常にチームの課題解決に尽力しているのだ。一方ジョナサンは、シモーヌの態度がむしろ問題を悪化させていると感じている。

Brassey et.al., Deliberate Calm, p.142-143

リーダーが無意識にとってしまう行動が部下にとって迷惑である状況は、多くのビジネスパーソンに共感を呼ぶのではないか。本書では、こうした事例を通じて、自分自身がどのように振る舞っているかを考えさせられるだけでなく、実践的な解決策も提案されている。

例えば、この章ではジョナサンとの対話をきっかけに、シモーヌが自己理解(セルフアウェアネス)を深め、自分の振る舞いがチームのパフォーマンスに与える影響を理解し、苦悩しながらも考え方と行動を変えていく様子が描かれている。私自身は本書を読み進める中で、直面している課題を思い起こし、自分がシモーヌのようにチームに悪影響を与えているのではないかと考えたり、逆にジョナサンのような立場にいる場合の問題を俯瞰して振り返ることができた。

本書では多くの事例が紹介されているため、Deliberate Calm (意図的な冷静さ)をいつどのように実践すべきかイメージしやすい。また、各章の最後には実践ワークがあり、最終章では4週間のプログラムが紹介されており、さらに探求するための参考文献が約20件示され、独学を助ける構成だ。

3. チームメンバーの相互関係をシステムとして扱う

本書の意義の3つ目は、リーダー個人の変革だけでなく、チームメンバーの相互関係をシステムとして捉え、Deliberate Calm (意図的な冷静さ)がチーム全体のパフォーマンス向上に貢献する仕組みを明示していることである。

内省、セルフアウェアネス、マインドフルネス、フロー状態、ポジティブ心理学、セルフケアなどの幸せにつながるテーマは、どれも意義深い。その多くは個人の内面に焦点を当てているため、一般読者にとっては、人間関係やチームのパフォーマンス、そしてビジネス文脈への適用が難しいことがある。

本書では、具体的なケースを通じて、チーム環境でメンバーがそれぞれセルフアウェアネスを高め、相互に開示し分析することで、チーム内で起こる相互作用のパターンを明らかにする方法が示されている。例えば、定例会議で議論が空転する場合、メンバーの根底にある意識を分析することで、無意識に自己防衛行動をとるメンバー間の悪循環を明らかにし、解決策を見つけることができる。第9章の事例の一部を紹介する。

Aさん:少しでも自分が知らないことを質問されると動揺して言い訳がましくなってしまう。
Bさん:相手が誰であれ言い訳めいた発言があると怒りを感じ、感情的に糾弾してしまう。
Cさん:強い感情表現が苦手で、会議がヒートアップすると無口になり場から距離を置いてしまう。
Dさん:会議に積極的に参加しない人は失礼だと感じ、良くないと分かっているがより声を大きく出したりその人を名指しして発言させようとしてしまう。

ある人の無意識な自己防衛行動が他の参加者を刺激し、悪循環を起こしている。この4人はスキルも経験も十分なメンバーだが、このままでは成果が出ない。

本書では、チーム全体でセルフアウェアネスを高め、悪循環を止める仕組みが必要であると主張している。具体的な方法として、まずお互いに自身の自己防衛行動を開示しあい、会議中に誰でも「俯瞰する時間を取る」ことを提案したり、持ち回りで会議全体を俯瞰する役割を設けるなどの手法が紹介されている。これにより、チームのパフォーマンス向上につながることが期待できる。

最後に:人的資本経営への示唆

過去1年ほど、「人的資本経営」という言葉が注目を集めている。この概念は多岐にわたるはずだが、分かりやすい「リ・スキリング」や人的資本に関する開示に関する議論が多いのが現状だ。

確かに、これらは重要なテーマだが、人に関する理解を深めなければ、人的資本の価値を高める取り組みは意味をなさない。経営者やリーダーも人である以上、まず自己理解と自己変革なしには組織の変革は成し遂げられない。

私自身はこのように考えているため、本書の内容に深い共感を覚えた。世界のトップ企業は、Deliberate Calm(意図的な冷静さ)、つまり、適応力、学びの柔軟性、認知(アウェアネス)、感情制御に真剣に取り組んでいるのだ。この流れは、きっと日本にも広がっていくだろう。私はこの本によって、未来に向けて背中を押される思いをした。同じ志を持つ皆さんにも、ぜひ読んでいただきたい一冊である(日本語訳、熱望…!)。

今日は、以上です。ごきげんよう。

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