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教壇に立ち続ける 65 今週の反省と今後の方針【note限定記事】

怒涛のテスト週間が始まりました。来週は6連勤って、私は本当に体力がもつのか……どうも星野です。今週はイレギュラーの更新になっていますが、通常の定期更新日は火・金・土です。今日は連続投稿日、ひとつめのお題は「今週の反省」。2日間しか授業はしていないのですが、そこでわかったことをまとめていきます。いいなと思って頂けたらサポートをお願いします。minneとFantiaはこちら。全国一律送料無料、即日発送可。夏物アイテムも増えているのでこの機会にぜひ。何かを贈るって素敵なことだと思うので、ことば以外にも私の商品をお届けできればうれしいです。

今週はテスト直前ということもあり、生徒の対応に追われる日々でした。そのなかで細かいミスもしてしまって、なんだか自分の要領の悪さにげんなりしてしまいましたが、それも含めて記録していきます。

まず授業について。補習プリントを配付して、高校3年生は敬語の識別の方法について指導し、高校1年生と中学生は内容理解の補助を行いました。そこでわかったのが、「生徒がどんなにきれいにノートを取っていても、基本的に彼らの頭の中に知識は残っていないらしい」という事実でした。例えば、補習プリントの穴埋めができない、敬語の識別の授業中の説明について「わかる?」と質問したら、「聞いたことあるかも」と言ってぱらぱらノートをめくって、結局「……これ、なんだったっけ」と返される、等々。結構なショックでしたし、私の教え方が悪いのも当然あるのですが、部活に全力な学校はここまで学習に対する意識が低いのか……と悲しくなりました。しかしそれを生徒のせいにするのは簡単です。それだけは絶対にしたくない、してはいけない。私がしなければならないのは、「短時間の授業でも知識が定着する指導方法の考案」です。そんなものは存在しないのかもしれないけれど、挑戦しないのはスタートラインにも立てませんから。
この「知識を定着させる指導方法」の内容を細分化してみると、いつも心がけている「きれいでわかりやすい板書」「説明の詳しさ」以外にも、「生徒のレディネスとニーズの把握」、あるいは「話し方、聴かせ方の工夫」や「生徒指導を軸にした授業の場づくり」も必要でしょう。それについて今後の展望を語ってみたいと思います。

私の授業は講義スタイルです。電子黒板もありますが、使えるかどうかはまだわかりません。そのため基本的にチョーク&トークの授業をしているのですが、一番うまくいっているのが中学生の授業だと感じています。中学生の子たちもまだまだやんちゃな時期なので、きれいに字を書けと何度言っても直らないし、提出物も出さないし、それなりに手はかかります。けれども授業では、「どうしてここに書いてあることが黒板ではその表現になるの?」「自分の考えた答えではどうしてだめなの?」と私に聞き、それを自分の言葉で言い換えたりして素直に受け止める能力が高い傾向にあります。そんな彼らとのやりとりは、基本的に小学校の授業のような一問一答形式の小さな発問と、自分の言葉で考えて書くんだよ、と指示して黙々と思考する発問の両輪で回しています。その補助としてワークやドリル、プリントを使って「定期的に復習する」「時間内に解く」「解き方を知る」などのテクニック定着や知識定着のための学習をしています。これがたぶん、私にとって最もやりやすく、かつうまくいく方法なのかなと思い始めています。定時制のほうでも似たようなことをしている授業の生徒はテストやワークでの正答率が高いです。彼らは感じることができるけれど、それをうまく言語化できない。だから複雑な思考がまだできないのだ、と気づきました。おそらくそれを高校3年生まで引きずり、調子に乗ったり先生方を小馬鹿にしたりし始めて、こじらせているのだろうな、というのが私の推測です。

生徒たちに聞いても返事が返ってこないのが今までの「普通」だったので、全体に投げかける問いを増やすのもひとつの手段だと考えています。クラスの雰囲気によりけりですが、活発な生徒の多い学校なので、なじめばうまくいくだろうと。そして授業でたくさん「脱線を収れんさせていく」ことをしないといけないな、とも思っているのです。
つまりは「脱線した内容を使って授業で学ぶ知識にマーキングする」のです。例えば中学生の授業で「走れメロス」を扱ったときに、太宰治の話をしたのですが、「あれですよね、自殺した人」「なんか髪型が今っぽいけれど、かっこよかったんですか?」などと生徒からたくさんの反応がありました。そのすべてに応えきることはできませんでしたが、それをきっかけに「芥川賞が取れなくて……」とか、「結構不倫していたんだよ」とか、そういう生徒の興味をかきたてる話ができたことがありました。まだ彼らはテストを受けていないので、その知識の定着がなされているかは不明ですが、その経験から「無駄のように見える話で興味を引き、それをきっかけとして学びを深い方向へもっていく」ことが今の自分の課題だと考えたわけです。その技法を高校生のクラスでも取り入れれば、ありとあらゆる私語からネタを繋げてしまえるので、クラスの統率の取れなさ(うるさくて授業にならないという悩み)も解決できるだろうし、生徒も記憶が強化されるだろうという結論に至りました。

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これから授業をどうしていくか、今方向転換の岐路に立っています。私自身の心の弱さに向き合わなければならない場面でもあります。心を閉ざしがちで、一方的な教え方しかできない自分を変えるべき時が来ました。それでも「教壇に立ち続ける」ために、私はこれを乗り越えていくつもりでこの夏の教材研究をしたいと思います。それでは、また。

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