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Knight and Mist第十章-7 《キタフィー亭》
「さあ、カンパーイ!」
そこは王都下町情緒あふれるとある居酒屋。その名も《キタフィー亭》。店主のキタフィーさんは温厚そうな金髪のお姉さんで、とても感じが良い。店内には武具がかけてあって、客はいなかった。
この居酒屋、なんと勇者だけがこの酒場に入れるのだという。
とういうのもどうやらこの店主さん、キタフィーというのは仮名で本当はベアトリクスという名の勇者だという噂がある、とアザナルがハルカに教えてくれた。
モンドが自分は入れるのか不安がったが、キタフィーは温かく迎えてくれたのだった。
ーーあのあと。
仲間が欲しかった、そうつぶやいたハルカに対し、セシルは何も言わずただハルカを見つめていた。
アザナルのどこか郷愁を誘うハープの音、水の音、風の音ーー
ややあって疲労と虚脱感が襲ってきた。ここ数日気を張っていたというのもあるが、もっと深いところからその疲労はやってきた。
この世界に来てから、なんとか順応しようとしてきたことや、もっと以前から。そういうのひっくるめて疲労となって出てきた。そのあいだずっとセシルが無言で手を握っていてくれたのだった。
安心感、だったのだと思う。何も言わなくても弱音なんか吐かなくても分かってくれて、ただそばにいてくれる人がいるーー何者でもない自分でも、そんなふうにしてくれる人がいる、それはハルカのなかですごく新しいことだった。
そうして温泉に浸かり、綺麗な音楽を聴きながらもくもくとジューシーな果物を口に運んで充分に癒されて。そんな折、そろそろ引き揚げて飲みに行くぞ、とキアラが伝えにきたのだった。
みんなと一緒にそこから着替えて移動して。
温泉にどれくらいいたのか分からないが、町に出たら日がかたむき空がピンク色に染まっていた。
マントをはためかすように通り過ぎていく風が冷たい。
フードを被った魔導師たちがガス灯のようなものに明かりを灯していく。魔導の明かりだ。だんだんと夜の装いになる王都の、その路地をぞろぞろ歩いてキタフィーの店まで来たのだった。
乾杯、というリキによる合図とともにおのおの手にしているドリンクを飲む。
セシルの話だと酒にうるさいと言うリキの手には日本酒のような清酒っぽい何か。アルコール度数以外味など分からない、と妹に言い切られたモンドは強制的に烏龍茶。セシルとイーディスは地ビールで、アザナルはウォッカの氷割り、キアラは茶ハイのようなもの、アンディとスコッティはワイン、ハルカは勇者カクテルという謎の特製カクテル。ミルフィはミルクティー、レティシアはモンドに付き合って烏龍茶。
つけだしは煮物のようなもので、どこか日本料理っぽい。
勇者カクテルは甘くて元気の出る味だった。酒もそうだがその場の雰囲気に酔い、少しホワッとした気分になるハルカ。
そんなあったかい空気の流れる酒場だ。漆喰の壁にたくさんの武具、木のバーカウンター、大人数が座れる木のテーブルと椅子といい、かなり質素な感じなのだが、アットホームな感じがするのはひとえに店主キタフィーの人柄だった。
ミルフィの顔を見るなりミルクティーの準備をはじめたあたりから、スループレイナ勢が常連なのがうかがえた。お姫様が息抜きにこっそり行くような場所。なので日本で言えば隠れ家的カフェにも近い感じだった。
掲示板があって、そこにはいわゆる『クエスト』と呼ばれるような張り紙がたくさんあった。落とし物、魔物退治、尋ね人などなどーー普段はそういうので生計を立てている人もくる場所なのかもしれない。今日は貸切ということだった。
例によって端っこの席にセシルの隣に座らされているハルカ。向かいの席はレティシアだった。
「先ほどはどうでしたか? 疲れは癒されましたか?」
レティシアの問いにハルカは頷いた。レティシアの視線が限りなく優しいことに、ここで初めて気づいたのだった。
「レティシアこそ、疲れてない?」
「いいえ! 私、今度はノニジュースなるものを飲んでみます! さすが王都、珍味なるものがありますね!」
「あーそれね」
アザナルが割って入った。
「ここの店、どっから仕入れてるのか分からないんだけど、変なものいっぱいあるのよ! この料理もいったいどこの料理なのか分からないんだけど、でも美味いでしょ!」
「ええ、なんだか懐かしい味がします」
「一応鴨鍋で頼んであるんだけど、レティシアは肉食えるの?」
「あ、はい。自然なものであれば、魔物でもいけます!」
レティシアとアザナルに挟まれているイーディスがげんなりした顔になった。
「すげーゲテモノ食うのな」
「毒を抜けば大丈夫ですよ! 姿が崩れてしまうものが大半なので、ある程度の大物でないとお肉は残りませんが! それこそ昔はドラゴンも料理して食したそうですよ」
イーディスの顔が引きつる。アザナルはうなずいた。
「たしかに、時期になればここで食えるわよ」
「時期ってなに?」
ハルカがきくと、アザナルはうーん、と唸ったあと
「ドラゴンが美味い季節?」
と言った。
「えー!? 気持ち悪いな」
「そう言うイーディスは、魔物を食べるサバイバルも時には必要なんじゃないか?」
アザナルの前に座っているスコッティがたずねた。イーディスの国がもっとも荒れているであろうことは確かだし、戦禍により魔物も多いのだろう。
セシルが首を振った。
「あの辺の魔物は数が多いぶん雑魚ばっかりで肉がとれる魔物は希少ですよ。よしんばそういうのが出たとしても、肉や骨は呪術師かなんかが持ってっちゃうでしょう」
「よく知ってんだな。呪術とか、咒のたぐいに使うもんであって食うもんじゃねえ」
呆れた顔のイーディス。
そこにちょうど運ばれてくる鴨鍋。鴨肉に、ネギに、糸蒟蒻に……おだしのいい匂い。
「不思議な料理ですねっ! この地方のものですか?」
レティシアが尋ね、みんな首をひねる。
「キタフィー地方?」
アザナルが適当なことを言っている。どう見ても日本料理にしか見えず、店主を見ると、彼女は意味深にウィンクをよこした。
「今日はめずらしいお客さんがくるって聞いたので、お口に合う料理にしてみましたー!」
「うまそー!」
テーブルの向こうのほうからリキの声が聞こえる。
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