マガジンのカバー画像

ずっと待つよ

114
少し長めのお話を集めたマガジンです。
運営しているクリエイター

2021年1月の記事一覧

【小説】私が食べたかったもの

【小説】私が食べたかったもの

とにかく、我が家の中心にいるのが妹の亜実であることは間違いない。わかってはいたけれど、十二歳の誕生日、私はそのことを痛感した。

私より二歳下の亜実は、生まれたときから体が弱く、しょっちゅう入退院を繰り返している。未熟児で生まれ、身体の機能がいろいろなっていないところが多いらしい。

両親とも、亜実のことについてはいつも必死で、亜実のわがままを「この子は長く生きられないかもしれないから」と、聞いて

もっとみる
【小説】薄いコーヒーを飲みながら

【小説】薄いコーヒーを飲みながら

車の修理を待つあいだ、店内フロア一角の休憩室にそなえつけられた無料のコーヒーサーバーでコーヒーを淹れる。紙コップを置いてボタンを押すと、あっという間に液体が中に溜まっていった。ボタンが消灯したのを確認して、三咲は紙コップを手に取る。コップに触れる指先が熱い。

休憩室のなかには、柔らかい素材のブロックで囲まれた幼児が遊べるスペースもあって、娘の凛音はさっきから置いてある絵本に夢中だ。おとなしくして

もっとみる
【小説】冬のいちご

【小説】冬のいちご

仕事帰り、スーパーでカートを押しながら果物売り場で足をとめた。真っ赤ないちごが、つややかに光っている。今日は一月の大雪の日で、やっとのことで吹雪いているなかたどりついたスーパーなものだから、並んでいる果実の深紅がひどくまぶしい。

いちごは春の果物、のイメージが濃くても、最近はクリスマス商戦にいちごが必要だからか、十二月からスーパーでよく見かけるようになる。冬のいちごは、こんなにきれいなのに、やっ

もっとみる
【小説】初春(はつはる)の迷子

【小説】初春(はつはる)の迷子

みよの住むちいさな長屋にも、ちゃんと正月が来た。きしむ引き戸をがたつかせながら開けると、元旦の清新な外気がさっと奥行二間半の室内にも通って、みよは大きく息を吸って吐く。

八年前の春に祝言を挙げた、大工である亭主の五兵衛は、まだ寝正月を決め込んでいる。せっかくお屠蘇と雑煮の準備ができているのに、うすい布団にうすい夜着をかぶって、ごうごうといびきをかいている。

「まったく、お気楽なこと」

にらむ

もっとみる