見出し画像

【小説】冬のいちご

仕事帰り、スーパーでカートを押しながら果物売り場で足をとめた。真っ赤ないちごが、つややかに光っている。今日は一月の大雪の日で、やっとのことで吹雪いているなかたどりついたスーパーなものだから、並んでいる果実の深紅がひどくまぶしい。

いちごは春の果物、のイメージが濃くても、最近はクリスマス商戦にいちごが必要だからか、十二月からスーパーでよく見かけるようになる。冬のいちごは、こんなにきれいなのに、やっぱり真冬にはどこか似合わない気がして、手を伸ばすのをためらってしまう。

そういえば、枕草子で「似つかわしくないもの」というくだりがあったな、と遠い古典の授業を思い出す。清少納言も現代に生きていたら、冬のいちごを似つかわしくないと言っただろうか。それとも、そうは言わなかっただろうか。

携帯がふいに短く鳴った。先日付き合い始めた彼からメールが届いたのだ。

『仕事終わった。いまから家、行っていい? 鍋しようよ。俺白菜と肉持っていくから』

『買い物中だから、あと三十分したら来ていいよ』

『了解。そんじゃまたあとで』

そう切り上げようとした彼に、私はメールを再度打った。

『あの、いちご好き?』

もちろん、と返事が返って来たのをみて、私はほうっと息をつくと、いちごのパックをかごにいれ、豆腐としらたきを買おうと思い、カートをまた押し始めた。

ほうほうのていで家について、こたつの電源とストーブを入れて待っていると、コートにも髪にも雪をいっぱいくっつけた山内悟が、玄関に姿を見せた。大雪のなか、仕事帰りだというのに、その笑顔が彼が元気いっぱいであることを伝えていた。――若い、さすが二十代だ。

彼は二十五歳、私はその九歳上の三十四歳だった。年の差なんて関係ない現代だ、といえば聞こえはいいものの、やはり、若い悟がまっすぐにぶつけてくる愛情に、ひるんでしまう私がいる。でも、そんなそぶりを見せないようにして、私は土鍋とカセットコンロを出してくると、こたつ台の上に置いた。

「あーさむさむ。でも、智紗さんと鍋を囲めると思ったら、この寒さもなんのそのだよ」

こんなセリフをしらふで言う。付き合っていない当初は、若者の軽い冗談と受け流していたが、そのうちに受け流せなくなり、告白をされて今に至る。

「お肉、端のほう煮えてるからとってしまってね。ごまだれでいい?」

いそいそと、台所へと立ったり座ったり、こんなことをしていると、どんどん情が移ってきてやばいな、と思う。悟が何を思って、こんなに年上の私と一緒にいるのか、いまひとつつかめないところがある。

「あの、食べながら聞いてほしいんだけど」

ぐつぐつ煮えている鍋から、野菜を箸で取り皿に入れながら、悟がふいに真剣な表情になった。「うん、聞くよ」と、私もくずしていた足を正座しなおして答える。

「俺、実家を継ぐために、福井県に帰ることにした」

「え……そうなの」

突然の告白だった。彼の実家が、代々続く造り酒屋だということは知っていた。

「杜氏をつとめる親父の体調が悪くて。それで、親が、俺に見合いを設定していて」

ああ、と私は寂しいながらもすごく納得していた。冬にいちごが似つかわしくないように、彼にも私はやっぱり似つかわしくないのだ。お互いに、もっとふさわしいマリアージュがきっとある。私が泣きそうになる思いをこらえて、顔を上げようとしたそのとき、彼が言った。

「俺、見合いを断ろうと思うんだ。そして、智紗さんを福井に連れて帰りたい」

「ええ」

「苦労させると思う。でも、俺と一緒に、造り酒屋をやってくれませんか」

思ってもみない展開に、私はあわてた。どう考えても、おそらく若いだろうそのお見合い相手のほうが、悟の人生には似つかわしい。あえてこんなに年上の私を選ばなくても、そうしどろもどろに伝えると、悟がきっとこちらを見て伝えてきた。

「それでも、俺は智紗さんがいい。俺には、智紗さんみたいな大人で素敵な人は似合わないのかもしれない。でも、似合わなくったって、智紗さんがいいんだ。どうしても」

冬のいちごを、私はまた思った。寒い寒いこの季節に、真っ赤な果実はどこか居所がなさそうで、なにかにはぐれてしまったようで、気になっていた。

でも、それでも冬のいちごは、美味しい。美味しいはずだ。

私は話を中座して、台所に立つと、いちごを冷蔵庫から出してさっと洗うと、ガラスの器に盛って、こたつの上に置いた。悟が、こちらを見上げてくる。

「どんなにはたから見て似合わないものでも、一緒にいつづけることで、だんだん似合いになっていくのかもしれないね。――悟くん、少し、時間をください。真面目に考えてみるから」

「本当に? ――俺、いつまでも待ってるから」

真冬に食べるいちごは、やっぱりちょっと冷たくて、甘ずっぱい。外の雪はしんしんと降り続けている。

食事をすませて、テレビをつけ、二人で部屋着に着替えて、お笑い番組を見る。けらけら笑いながら、この人がずっと隣にいるといい、とふいに思った。一緒にいるのがあたりまえの二人じゃなくても、一緒にいるうちに、二人でいることをあたりまえにしていく。そんな日々が、積み重なっていけばいい。


2020年7月、noteから小説が書籍化されました!



いつも温かい応援をありがとうございます。記事がお気に召したらサポートいただけますと大変嬉しいです。いただいたサポ―トで資料本やほしかった本を買わせていただきます。