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ずっと待つよ

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少し長めのお話を集めたマガジンです。
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2017年6月の記事一覧

【短編】フレンズ

【短編】フレンズ

薄手のショールからはみ出た肩が少し冷える。今日は六月にしてはひんやりしているせいか、私が着ているワイン色のノースリーブのドレスは少しこの会場では、肌寒かった。

ホテルの大広間を貸し切って、今日は私の卒業した大学の国文学科の同窓会が開かれ、私もそのためにわざわざ実家の金沢から東京へ来ているのだった。

会場の入り口で受付をすますと、私は大広間へと一歩足を踏み入れた。同窓会の開始時刻まであと三十分は

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【短編】花の蜜

【短編】花の蜜

ぐるりと見わたした小さな公園内には、子どもはおろか大人もいない。きょろきょろあたりを警戒しながら、あゆみはそっとツツジの茂みに近づくと、たわわに咲いているピンクの花をひとつ摘みとった。あゆみにとって、ツツジの蜜は、子ども時代の小さな罪を思い出してしまう、背徳の味だ。

いまから二十年ほど前のこと、小学生のあゆみにとって、ツツジの蜜から始まった一連の出来事は、忘れがたいものになっている。五月が来るた

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【小説】潮騒の家

【小説】潮騒の家

高校生の私は、海が好きだった。実家は漁港のそばにあり、夜自転車を押して塾から帰るとき、いつも海沿いのほうから帰っていた。夜の海をわたってくる潮風に、よく前髪を持ち上げられた。沖に点在する船の明かりが、浜のほうから見ると夢のようにきれいだった。

浜に出て少し海風に吹かれた後、家へと向かう。脇道に自転車をとめて、玄関から入ると祖母に叱られた。

「また遅くなって、この子は。今日も海に寄り道しとったん

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【小説】rebirth

【小説】rebirth

花や木が好きだ。可憐な色合い、澄んだ青い匂い。植物は、いつも私の心を和ませてくれる。仕事のない休日、実家の庭に出て、土をいじっている時間が、私にとってはいちばんの至福のときだ。――その反面、ひとは苦手なのだけど。

季節は六月で、今月の庭は薄紫と白を基調に染め上げられている。ラベンダーと紫陽花の紫、クチナシとカラーの純白。ペチュニアやインパチェンスが、そこにさらにこまかな彩りを添える。

寄せ植え

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【小説】きみと分けあう日々のこと

【小説】きみと分けあう日々のこと

暦の上では今日から六月、もうすぐ梅雨入りが始まる。昨日まで晴れていた東京の空は、今朝はうすく雲が広がり、午後あたりからひと雨きそうにも見えた。最近の春の終わりは暑いから、雨でも降って少し涼しくなってくれるとありがたい。そう思いながら私は、冷蔵庫から冷やした麦茶のボトルを取り出した。遅く起きた休日の朝なので、いまから朝ごはんにしようと思ったのだ。

と、玄関からチャイムの音が聞こえたので、慌てて玄関

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