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ビートルズをどう解釈するか。物語よりも、音楽論的な映画「イエスタデイ」

世界規模の停電によって、世の中からビートルズが消える。ビートルズのことを憶えているのは、ミュージシャンの自分だけ──

そんな奇抜な物語を仕掛けたのは、「トレインスポッティング」「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル監督。

UKのインディーロックを巧みに使用して一部ファンの熱狂を集めたダニー・ボイルさん。今回は満を持してビートルズをモチーフに映画作りに挑んでいる。

本人役としてエド・シーランさんを起用したり、ビートルズのオリジナルメンバーへの楽曲使用許諾を得たり。スタッフ、キャストともに、並々ならぬ制作意欲が込められた作品といえるだろう。

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売れないミュージシャンが、傾倒するビートルズに乗っかってスーパースターになっていくという筋書き。分かりやすく罪悪感を抱くジャックの絵がそこかしこに散りばめられているので、最終的に何らかのネタバラシがされることは容易に想像がつく。

なので肝心なことは、どんなプロセスでネタバラシがされるか。そしてジャックはハッピーエンドを迎えられるかという点だろう。音楽業界の契約はなかなかにシビアなので、「この結末で本当にオッケーなのか?」という疑問は浮かんだものの、アイデアに乗っかるような視聴で良しとするならば、とても気持ち良いエンディングを迎えられるだろうと思う。

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ただ、そういった視聴を良しとしないのであれば、

ミュージシャンとして大成するのが大事か
大好きな音楽に、ずっと関わる仕事をすることが大事か

といった究極の二択自体に拒否反応を示す人は少なくないはずだ。「押し付け」な演出と受け取られるリスクはあるし、「二択として割り切れるなら苦労しないよ」という批判を招いてしまうだろう。

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どことなく映画のトーンは、ジョン・カーニー監督「はじまりのうた」に似ている。

「はじまりのうた」では、Maroon 5のアダム・レビーンさん演じるデイブが田舎者のミュージシャンとして登場する。才能を買われて成り上がるストーリーや、洗練されたプロデュースで垢抜けるシーンなど、類似点も多い。

決定的に違うのは、何に力点が置かれているかという点だろう。

「はじまりのうた」はオリジナル楽曲にこだわり、人間模様を描いた。一方で「イエスタデイ」は、ビートルズをどのように編集するかという点に力点が置かれている。

もちろんストーリーとしてジャックの苦悩は見どころのひとつではあるが……ダニー・ボイルさんが、ビートルズをどのように解釈しているのか、ビートルズの要素を解き、再構築するといった試みを見せつけられているような気がしてならない。(僕は面白いと思ったが、他人によっては監督の自己満足として捉えられるのではないか)

そういった面で「イエスタデイ」は物語性というよりは、編集性の高い作品だ。

個人的な賛否はさておき、興行収入をみる限り、その試みは大衆にも受け入れられたといえる。(原案や脚本はリチャード・カーティスさんであり、本作がどれくらいのバランスによって構築されたのかは分かりません。ちなみに物語終盤のサプライズシーンは、脚本家のアイデアだったといいます)

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物語によって楽しませるというより、ダニー・ボイル監督の音楽論をベースにエンターテインメントへと組み立てていくような作品。

その組み立ては、まさに天才の所業。

じゃないとエンドロール、「Hey Jude」を流そうとなんて思わないもの。

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ちなみに本作ではOasis、コカ・コーラ、ハリー・ポッターなども、世界から消えてしまったという設定になっています。

考え過ぎかもしれませんが、Oasisはビートルズに多大な影響を受けているということで、存在ごと消されてしまった……のかもしれません。

ただ、全てのミュージシャンが多かれ少なかれ影響を受けているはずで、本当にビートルズがなくなってしまったら、音楽界は全くもって変わっていたはずで、その辺りの帳尻が全て合っているとは言い難いかなと思いました。

(Netflixで観ました)

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