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生まれ変わった、“現代”の「異人たち」

アンドリュー・ヘイ監督が手掛けた映画「異人たち」、傑作でした。

同じく2024年公開の映画「哀れなるものたち」とは、ある意味で対極にあたると感じています。「哀れなるものたち」が華やかでアート性の高い作品だとしたら、「異人たち」は物静かでデザイン的に優れている

「異人たち」は、1988年公開、大林宣彦監督の「異人たちとの夏(以下「旧作」)」のリメイク作としても注目を集めました。両作の共通点や違いを踏まえつつ、「異人たち」の良かった点を言語化してみます。

「異人たち」
(監督:アンドリュー・ヘイ、2023年)

旧作との共通点:物語のプロット

両作に共通しているのは、「死んだはずの両親」が主人公の前に突如現れることです。両作とも主人公は物書きの40代男性、12歳のときに両親を交通事故で失いました。

両親を失って以来ずっと抱えている、漠然とした喪失感。まっすぐな愛情を得られないまま大人になった主人公が両親と再会。束の間の逢瀬を楽しむというプロットは共通しています。

最終盤への展開についても共通する部分はあるのですが、物語の核心でもあるため、本noteでは言及を避けます。

旧作との違い①:主人公の「情事」への向き合い方

旧作の始まりは、主人公の元妻との別れ。「異人たち」はしばらく恋愛をしていない主人公が、仕事に本腰が入らずぼんやりラップトップをいじっている様子から始まります。

これは一見すると、旧作の方が「情事」にコミットしているように思われるでしょう。ですが「異人たち」は、始まりこそスロースタートですが、予期せぬ隣人の訪問を皮切りに、徐々に恋愛関係へと発展していく。そこが非常にリアルで、主人公の心情変化をよく表しているといえます。

乱暴にまとめると、旧作の主人公にとって恋愛とはカジュアルなものであり、「異人たち」では相手に愛情を寄せようと試みる本気のもの、という違いがあります。これは旧作が雑なわけではなく、物語のテーマの違いと関連します。旧作では「失った両親との再会」が中心ですが、「異人たち」は両親との再会はあくまできっかけに過ぎず、そこから「現世界でのパートナーとの愛」へとつながっていくというわけです。

旧作との違い②:死への近接

旧作では、死人である両親との逢瀬を繰り返すことで、主人公も死に近付いていきます。目の下のクマが深くなり、歯が抜け、風貌は一気に老人と化していく。その様子はホラー調で描かれ、現実と異界の違いを露わにしていきます。

「異人たち」では、必ずしも身体的な死へ近接するわけではありません。失われたものへの憧憬を募らせ、やや主人公は精神的におかしくなっていく様を見せますが、身体的な変化はほとんど見られません。

推測ですが、アンドリュー・ヘイ監督は、身体的な死に近接することがなくとも、人間を精神的な破滅に近付かせることによって、実質的な死に至ることがあると言いたかったのではないでしょうか。

旧作の展開は、本当に見応えがあって僕は大好きなのですが、「異人たち」でリメイクされた展開は、波打ち際のような静謐さを携え、観客の心を掴んでいるのだと思います。

旧作との違い③:主要登場人物の「数」

旧作の登場人物は以下です。

・原田(演:風間杜夫)
・原田房子、主人公の母(演:秋吉久美子)
・原田英吉、主人公の父(演:片岡鶴太郎)
・間宮一郎、原田の仕事仲間(演:永島敏行)
・藤野桂、主人公の恋人(演:名取裕子)

「異人たち」では、この中の間宮一郎の役割を果たす人物が出てきませんでした。逆に「藤野桂」的な人物に重きが置かれます。

登場人物が5人なのか。4人なのか。

それほど大きな違いに感じないかもしれませんが、ものの見事に4人であることによって物語の濃度がグッと凝縮されました。アンドリュー・ヘイ監督の演出における分岐点だったといっても過言ではありません。

旧作で間宮は、最終盤にとても重要な役割を担います。間宮がいなければ、主人公の原田は助からなかった(死に至った)かもしれない。

じゃあ「異人たち」で、主人公は死に至ったかといえば、そんなことはない。もちろん間宮的な存在がいなかったことによって、喪失をまっすぐに受け止めなくてはならなかったでしょう。それは12歳で両親を失った人間にとって、追い討ちをかけるような痛みを伴ったでしょう。

しかしそれこそが、観客と「喪失」を共有する仕掛けになったのです。

何を語るか、でなく、誰が語るか。その真髄を、「異人たち」は示してくれます。

──

「異人たち」の公式パンフレットでは、「異人たちとの夏」にて亡くなった両親役を演じた片岡鶴太郎さん、秋吉久美子さんの対談記事が記載されています。

秋吉さんは「一番はLGBTQ+、クィア映画になっていて恋人となる“異人”との関係性がとても濃密かつ立体的ですごいなと思いましたね。ここまで抉るかって」と語っています。片岡さんも「いまの時代の『異人たち』という捉え方ですよね。その切実で大胆なアプローチを褒めるべき」と「異人たち」の“変化”を受容されていました。

公開されている映画館も少なくなってきましたが、もしパンフレットを入手できる機会があれば、ぜひ購入してみてください。

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