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「満を持して」とは?

編集やメディアの仕事に携わっているが、編集者として、あるいはひとりの読者として、健全な批判・批評や問題提起は行なっていきたいと考えている。

もちろんどんな仕事にも、作り手の意思や苦慮などがあるわけで、彼らの「つくる」という行為はすべて敬意に値する。その上での批判・批評や問題提起ということだ。

クリエイティブな仕事は、どんな業界でも、健全な批判精神とともに成長・成熟を遂げていくはずだ。もちろん批判された側は、面白くないだろう。受け手の誤解や誤読というケースもあるだろうし、ときには、地団駄するほど悔しい低評価がくだされることもある。でも、そういった批判・批評の対象になることは、長期的には、きっと作り手にとってもプラスになるはずだ

批判されて、躍起になって言い返すのは、あまりに幼稚な行為だ。それは批判する立場である自分自身を擁護するわけではなくて、作り手の成長機会を失ってほしくないという切なる願いに他ならない。

「怒られるうちが花だよ」ではないけれど、何事も吟味し、次なるアウトプットに生かす「つくる」側の度量を期待したい。

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といった長い前提のもとで、昨日、首を傾げた記事がある。

朝日新聞の、いわゆるテレビ欄内のコラム「試写室」で紹介されていた、テレビ東京で放送されているドラマ「ヒヤマケンタロウの妊娠」のある一文についてである。

「ヒヤマケンタロウの妊娠」は、2022年4月、Netflixで配信された連続ドラマだ。1話あたり30分程度の短い尺で、「男性が妊娠 / 出産する世界」をフィクションで描いている。(作品のディレクションを手掛けたのは、映画「ブルーアワーにぶっ飛ばす」の箱田優子さん)

あくまで僕の周囲に関してだが、Netflixで配信されている数多ある番組に比べれば、「ヒヤマケンタロウの妊娠」は比較的視聴されていたような実感がある。配信直後はNetflixの目立つところにバナーが貼られていたので、Netflix側もしっかりプロモーションしていた作品といえるだろう。

Netflix配信から1年を経て、テレビ放送されたことで、番組紹介コーナー「試写室」でも本作を紹介しているのだろう。全編にわたりドラマの内容が綴られていたが、コラム終盤で前述の座組みが言及されている。

テレ東とネットフリックスが共同で企画制作し、ネトフリでは昨年春に配信。満を持しての地上波放送となった。

(朝日新聞朝刊「試写室|ヒヤマケンタロウの妊娠」2023年1月26日より引用)

このタイミングで、テレビ東京での放送となったことが、いったい何が「満を持して」ということなのだろうか

「満を持して」とは、絶好のタイミングで、といったニュアンスがある。執筆者の意図を推察すると、

・2022年、Netflixに登録しているようなエッジの効いたドラマファンに好評を博した
・社会問題としても、男女の家事・育児参画に対する価値観が変わりつつある
・機運が醸成され、ついにテレビでも放送されることになった
だから、ぜひ作品にも注目してください

といったところか。

気持ちは分からないでもないが、メディアパワーとして「Netflix<テレビ」という構図を(とりたてて意識もせずに)描いていることに暗澹たる気持ちになった。

新聞の購読者の年齢層を加味した表現なのだろうか。いや、仮にそうだとしたら、わざわざ情報にお金を出させている「新聞」というメディアの役割ってなんだろう

もちろんNetflixとテレビには、役割の違いがある。「テレビでは放送できないが、Netflixでは配信できる(予算、コンプライアンスの両面から)」といったことがあるのも、周知の事実だ。

だが、記者はもっと、1年遅れでテレビ放送された意味に自覚的であるべきだ。それを「満を持して」と表現してしまうところに、致命的に、情報感度の鈍さを感じるのは僕だけだろうか。

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これだけの表現でもと、無限に書き手のことを想像できる。それは職業柄かもしれないが、情報の受け手だって同様だ。「書き手」の意図を敏感に嗅ぎ取り、場合によっては「ここは自分の場所ではない」と離反を決めてしまうだろう

新聞の発行部数は、年々減っている。

マクロな視点だけでいえば、「テクノロジーの進化」という側面が大きいのだろう。だが、もっとミクロな視点で注目してほしいことが山ほどある。テレビ東京とNetflixの座組みを見据えて、それが何を意味するのかを考えてもらいたい(そして、それをきちんと表現してほしい)。

どんな小さな記事でも、どんな少ないテキストでも、書き手のスタンスというのは表れるものなのだから。

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