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クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書【第2回】

『アナキズム・イン・ザ・UK 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』


「日々を磨いて光かがやけクソみたいな未来」


 パンクスは下を向かない

 何故ならすでに最下層最底辺にいるからで、いつだって上を向くしかない。パンクスにとって地べたは見下ろして歩くためのものでも、唾を吐くためのものでもない。地べたは、そこに座って仲間と酒を呑むためのものであり、酔っ払った夜に寝っ転がって星を見るためのものであり、そこに根をはって生活するための場所だ。

 パンクはストリートつまり地べたから生まれた音楽で、パンクスは地べたからの目線でクソみたいな社会やクソみたいな生活にファックと叫ぶが、『アナキズム・イン・ザ・UK~壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン刊)はSEX PISTOLSやCRASSに憧れて渡英し保育士として働く著者が地べたからの目線で英国の社会や人々の生活を描いたパンク的書物だ。
 

 英国といえばパンク生誕の地。パンクが誕生して早四十年。ジョンライドンは六十歳になり、めでたく還暦を迎えた。パンクスは歳をとり、英国社会も変わった。

 
 日本ではよく「どうせ誰が総理大臣になっても私達の暮らしは変わらない」などと言われる通り、市民は政治と暮らしの繋がりを実感できず選挙の投票率も低いのが常である。それは一億総中流と言われる様に階級差が少なく、殆どの市民が不満を抱えながらもそれなりの暮らしに感覚が麻痺しているからであって、かたや階級社会が色濃く残る英国では、時の政権の方針によって市民の暮らしは大きく変わる。その影響を最も受けるのは、最下層であるアンダークラスの人々だ。

 保守政権による自由主義政策下では大企業や富裕層が優遇され、貧富の差が広がり、クソみたいな低所得者層の生活はどんどんクソみたいになる。1980年代、英国におけるサッチャー政権時、米国におけるレーガン政権時にパンク・ハードコアが隆盛を極めたのは、御多分に洩れずパンクスが皆クソみたいな低所得者だったからだ。保守政権への怒りを餌にパンク・ハードコアムーヴメントはもりもりと膨れ上がった。
 

 本書の著者であるブレイディみかこはイギリスの貧民街にある託児所にて保育士として働いており、その底辺託児所における出来事や貧民街での暮らしがエッセイとし描かれているのだが、そんな底辺での生活の様子を通じて英国の政治や社会が透けて見えてくる。何故なら前述の通り、時の政権の方針を最も受けるのは底辺の人々だからだ。
 

 著者の働く底辺託児所に預けられる子供は、ちょっと普通ではない。アル中の父親を持つ子供、DVで服役中の父親を持つ子供、ゲイカップルの間に生まれた子供。時の政権の政策によって生まれた社会的弱者の親元に生まれた子供達は、弱者中の弱者だ。

 そんな子供達と繰り広げられる壮絶な日々を、著者はユーモアと愛によって描く。クソみたいな毎日が輝いてみえる。生まれてきた環境が逆境すぎて、悲観すれば底なし沼の様に暗く絶望してしまいそうな子供達の未来に、著者は最後にSEX PISTOLSの曲中にある「ノー・フューチャー」というフレーズを引用して、希望の光を当てる。

「俺たちは花々だ。ゴミ箱の中の。
  俺たちは毒だ。あんたの人間機械の中の。
  俺たちが未来だ。
  君たちが未来なんだ」

 クソみたいな社会で続くクソみたいな生活。それでも生きる。クソでも磨けば光る。ということを本書は教えてくれる。

 どうやってクソを磨くか?

 それは逆境を生き抜くガッツとユーモア、パンクスなら誰でも持ってるものだろう。


** 今日の一冊
「アナキズム・イン・ザ・UK 壊れた英国とパンク保育士奮闘記」
 著:ブレイディみかこ
出版社:Pヴァイン
発行年月:2013年10月**


※本コラムは2018年10月発売予定の『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』(地下BOOKS刊)の掲載内容からの抜粋です。


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