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空へ捧ぐ祈りもなく

深夜も3時をまわり、雨風がどこかへ行った

月光は周囲の雲を虹色にして
前回見た、まん丸の月と様相が異なる

満月を見た翌日だった
「月、見たか」 昼間にレオ氏から電話があった

「月が綺麗ですね」わたしが投げかける
「絶対言うと思った」から、話が長かった

月が綺麗ですね、に返せる言葉が詰まる
スマートに誠意を込めて返したい

通勤や移動時は、手帳に書いて
軽くないか、重くないか、慎重に考え
家にいるときは、口に出して読んでみた

そして
これがいいと思った返しがあったのに
ド忘れして、出て来ない

レオ氏の言い訳を聞いたあと
「この人なら、本当に手帳へ記す」
わたしと同じメモ魔で、嘘はつかない
メモを取るときの表情まで浮かんでくる

いつだったか
「何、書いてるの?」手帳を覗き込んだ
「忘れないように、今思いついたこと」
速記のような雑な文字は、暗号化し
レオ氏も後から読み返して分からないと言う

だから、きっと
電話口の手元に手帳があっても
「これがいい」という返しは
聞けなかったんじゃないかと思う

言葉は武器になるが、人によっては軽薄で
跳ね返せるだけの精神があれば
何の役にも立たない、まやかしだ
目から滑って消えてしまえ

月は雲に隠れ、西が若干の茜色を帯びる
時間が逆算したような空へ捧ぐ祈りもなく、寝る