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新お化け評論家・ももまろ

夜のトイレは怖いと耳にする。
何がどう怖いのか聞いてみると、少ない人数のほぼ全員が「お化けが出る」

理屈でいうと、お化けもこんな狭い場所で人待ちするのはイヤなのではないか。
少なくとも私がお化けなら、逃げ場のない個室で知らない人と対面したくない。

お化けは好きな場所で過ごせる。
公園や家の空間があるのに、
狭くて暗い場所で孤高の存在に居なくても
「きゃほー!」
夜のブランコやすべり台、
砂場を思い切り貸切で遊び呆けるよ。

「24時間開いている店にはどんな客がいるかな」
ああ、あの場所は今どうなっているかな?

電車の連結部に乗り日本中を旅するかもしれない。

何が好きで因果のないトイレに佇み、
知らない人を待ち伏せするんだか。

お化けは自由な生き方をしている。
人間のルールに縛られない気楽さがいいね。

お化けの特性は丑三つ時に出現すること。
それって誰が決めたんだ?

これを書いているのは、丑三つ時。
何も出てきやしない。
お化けよりもっと恐ろしい、豪雨警報の警戒レベル3の真っ只中。雨音しかしてこない。

そして、お化けは自分が亡くなった場所などに出ると言われているが
「お化けはトイレで亡くなった人?」
住宅事情を鑑みると、確率はリビングや寝室じゃないかと思ってみたりする。

いつまでもトイレにしがみつく理由が不明で、
どう説明すれば良いのだろう。
やっぱり自分の部屋で寛ぎたいよ。

公園のトイレの場合。
ご不浄を墓場の上に建てるか疑問が残る。

日本人が無宗教的だと言われようが、何かの建立には地鎮祭をするなど神事は大切にして、インドの某河川とは違った扱いを日本人はする。

人間社会との対比から、
人間が苦手な場所にお化けは留まるとしても、
お化けがトイレに住み着くには根拠が不足しているように思う。

私は夜に散歩へ出て、公園のお手洗いを借りる。

人感式センサーが付いてないので懐中電灯を頼りに用を足すのだが、座っていても怖さが不明で、
むしろ、今、地震が来たら、
柱がしっかりしたこの場所が助かりそうと考える。

住宅地にあるトイレは地域住民が当番制で清潔感を維持しているが、たまに観光地のトイレは息を止めるほど臭う。

こんなに臭い場所にお化けも居たくないよね、などお化けの気持ちになってみる。

昔、お花見に行った公園のトイレは大きな穴が空いて、うっかりすると私が落ちそうだった。
お化けの10倍は怖くなるのだが、他者と私の感覚のズレなのだろうか。

跨ぐのさえ戸惑い、帰りの店まで尿意を我慢した記憶がある。
お尻を振って、足を内股にし、いつもより運転のスピードが遅く感じた。

そう考えると、お化けより穴が圧勝する。
今は穴が空いているトイレが存在しない。

トイレは昔より断然清潔感が増し、臭いや汚いは減った。
しかし、別のところに不潔さがある。

いつだったか、渋谷109だったと思う。
女の子たちがトイレの地べたに座り込み、メイクを施していた。

着ているコートやスカートで
誰かが土足で通ったあとに座り込み、
中には折り畳みの鏡を使って猫背でヘアアイロンを使う子もいて、
こんな姿はお化けだって近寄りたくない。

あるときのヒカリエに行くと、少女たちは、
個室で着替えるので肝心の用が足せない。

こんなところにお化けが出てくれたら、十戒のように人々が退いてくれ、早く用が足せるのに…。

お化けより怖いのは、穴が空いたトイレより、
トイレで着替えやメイクをする少女より、
少女がオバサンになってからの後悔よ。
中年の私が言うのだから、本当よ。

マナーの問題は現代の若者だけじゃない。
いつの時代も若者は年輩の目につく行動をし、
嗜められる。

私の時代は若者が夜光虫のように、コンビニの前に屯していた。
同じ若者だった私も怖くて目が合わないよう、
トラブルにならないような気を遣っていた。

コンビニで屯するか、トイレで屯するか、
それだけの違い。若気の至りというもの。

新しく何かを飼うなら、お化けだよ。

こんな田舎の広島も朝夕の電車は爪先立ちするほど混んで、熱気で意識が飛びそうになる。
「お化けがいたらなぁ」

べつに座らなくていいの。立っていてもいいので、
押し合いへし合いが苦手なのだ。

私は昔、霊園の管理も職務の一環だった。
お盆は早朝から出て各霊園を見回りをしていたのだが、ある夏は唖然として言葉を失った。

霊園のメインになる花壇横に、苗を抜いたもの。
タバコの吸い殻や空き缶、
ゴミを捨てていくマナー違反。

お盆用のお供えのお花などが散乱している光景は、非常に悲しかった。

霊園とは、大切な人を偲ぶ場所。
マナーを守って利用してほしい。

ご先祖様が帰ってくる時期になんてことをしてくれるんだろう。

吸い殻や空き缶にはベッタリと紅がついており、
「女性もこの中で酒盛りしたのか」
こんなところは男女平等なんだな。

人として、死者をなんだと思っているのだろう。

一体、どういう躾をしたらこうなるのか、
何世代がやらかしたのかは知らないが、
夜の酒盛りにお化けがいたら、
各家のご先祖様は悲しまずに済んだだろうに。

真夏のお墓参りは割合、早朝のお参りのかたがいて
「こんなことをするのは、ここの利用者じゃない」と言い切られた。
「なぜ、そう思われるんですか?」
ポロっと口から出る。

「ここはね、よそのお墓が汚れていたら
ついでがあると自分のお墓のように拭いて帰る人や
隣のお墓に手を合わせる人もいる」

とにかく、誰がやったか知らないが、
墓園を汚して帰る行為は公共の場として適切ではないし、
ご先祖様や利用者、霊園に対する冒涜だ。

もしも利用者以外なら、利用者やご先祖様への供養の気持ちを忘れないでほしい。

でも私が知らなかった一面を聞いて、
お化けは、生きている人たちの温かさに触れて、
何かを感じ、人間と同じように感情を持っているのだとしたら、
自分もまた生まれ変わりたいと希望を持っただろう。

日常生活での不安や恐怖の源泉の深掘りをすると、
お化けはトイレや霊園といった場所だけでなく、
日常生活全般へ不安要素があると思う。

場所でいえば代表格は病院で、廃墟やトンネルなどが挙げられる。
私の推測では人間の不安が投影されているか、過去の事故を根拠にしているように思う。

お化けだって家に帰りたい。
死んでまで寂しい想いはしなくない。

お化けは恨みのある人へ仕返ししたくても
透明になった身体でどう仕返しするの?
生きているうちにできない根性で復讐ができるかっていうの。

死んで花実は咲くものか。

私はお化け評論家ではないので詳しくないが、
お化けは見た人自身の果たせない悔しい願望や
虚しさが反映しているのだと思う。

「自分がそうやって嫌いな人に復讐できたら」
他人から注視してもらえたら。

私は死にまつわる業種に就き、医療従事者より若干少ない数の死者と時間を共にした。
そして家族も失っているが、お化けを見たことがない。

お化けにも個性があるので、強い執着心の人がいるかもしれない。

私にはたまたま淡白な人と出会っていたのかもしれない。