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短編: 気狂いの彼女は人気者

今朝、ATMから下ろした現金がない。
カバンの内ポケットに入れ、ロッカーにも鍵がしてある。

社内では派遣社員を中心に、現金や個人の持ち物が紛失し、見つからぬまま泣き寝入りがあった。

一方で、社員の理香子は二度見するような
顔全体で笑顔を振り撒き、
「あんないい子はいないね」
理香子は謙虚な態度を示しながら
「Instagramのフォロワー1万人を突破しました」

理香子が何かを言えば、周りは共感する。
彼女が不機嫌だと周りは同情する。

男性社員は気づいてないだろうが、
彼女のひと言で孤立した人は会社を辞めていき、
彼女は仕事をする振りをしながら、
絶えずフリマサイトを覗いていた。

たまに理香子は呂律が回らない。

昼休憩、呂律について理香子へ尋ねると
「向精神薬はお菓子代わり、
最近手に入った薬は効き目がいいの。
あなたもチョコを食べるでしょう?
アタシはたまたま向精神薬だったってだけ」

唐突に、悪びれることなく微笑みながら私に告げる。

何気なく、社内の窃盗について話題を出すと
理香子は誇らしげに早口で捲し立てた。

「ロッカーは昔ながらのタイプが狙いやすいんだよ
ヘアピンを差して回せば開いちゃうからね。
10秒あれば出来るよ。
でさ、物を盗むと周りがチェックするから
回避するために、
秘密の場所へ1か月ぐらい寝かせておくの」

理香子は右手に握った電子タバコを口元に寄せ
「ほとぼりが冷めるでしょ?
そうしたらフリマサイトで売っちゃうの。
簡単過ぎて
あなただって今日からできるわ」

「どうしてそんなことができるんですか?
盗られて悲しむ人がいるのが分かりませんか」

「はあ?考えてごらんよ?
ブランド物が買えるような子が
財布を失くしたぐらいで悲しみはしないよ。
財布を失くなったら、新しい財布が使えるのよ?
アタシに感謝してもらいたいぐらい」

「理香子さん、このことを課長に報告します。
私はあなたが許せないです。
でも、1つ聞かせてください。
もし捕まらないなら、まだやるんですか?」

目が座った理香子は私を嘲笑するように、
「当たり前じゃない!
簡単な作業で儲かれば最高だもん」

理香子は私の顔を覗き込み
突然私の首に両手をかけた。
気管支が潰れていく痛みと息苦しさ。
理香子は力を緩めるどころか、私の顔に理香子の顔が近寄る。

これは理香子のふざけた遊びじゃない。

「やめて!」

理香子は私の首から手を離すと、
「なに、そのタコみたいな顔。ブサっ」
咽せている私を見ながら馬鹿笑いした。