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まあ、この程度の認識です

海の日を忘れていた
海の日、山の日、どっちがどうか未だに覚えられず、祝日とだけ認識している

今までこれといった不自由はない
あるとすれば、知っている前提で話が進められ
「なんのこと?」
恥をかくのはザラかもしれない

類似として、主語がない

相手の話を聴きながらキーワードを探し
脳内検索して
「多分、海の日を言っている」

頭が良い人たちは、わたしの100先を歩き
自分が知っていることは皆が知っている
自分の見聞は皆も同じ認識だとなさっているようで

会話に前提がない、主語がないとは
「社会人として知って当然」
「知っているのが常識でしょ?」
認識のずれがあると思う

わたしの勉強不足は否めません
反論もできません
「すみません」恐縮するしかない

わたしの上記を批判できないのは
この度、創作大賞の小説もどきや詩もどきを書き
わたしも前提や主語がない文脈を多々残し
添削や校正が行き渡ってない

それ以前に、文章の冒頭『掴み』で失敗している

フォローやフォロワー、タグから辿って来た方々が
「面白そう」と思わせない失敗

「今から何が始まるんだろう?」
興味を唆らない文字の羅列は文章ではなく
障害の配列を解読しても
読み手の頭へ情景や登場人物の心の動きすら浮かんでこない

6月の中旬だった
本屋へ行き、各小説の序章を片っ端から読んできた
古典から新鋭まで読み
シンプルな文章なのに次を読ませたい力には
親切さがなかった

親切さがないので、読み手は知りたいと感じ
ページを進める

ここに前提があったら、説明という門扉で引き返してしまう

わたしにない前提とプロにない前提

最低限、起承転結の転までは丁寧に書き
結は前提がなくても繊細な雰囲気で誤魔化せる気がした

2〜3日前に、東野圭吾『悪意』を読了した

解決したかのように見え、でも残る違和感
違和感がトリガーになり、次々と現れる違和感の山や谷を超え、辿り着く真相が堪らなく面白かった

大雑把でありきたりな前提でも、違和感への前提が細かいので読み手は引き込まれてしまい
読みながらついた認識が破られていく


面白い作品とはたとえ全体が平坦であっても
何かしらの気づきが描かれている

「わたしだったら、こんなことは言えない」
言えないセリフがわたしへの教訓に変わる
平坦だからこそ、平凡に生きるわたしは共感になる

海の日を迎え、23日には創作大賞の期限を迎える

この度も大量の落書きへ目を通し
貴重な時間を割いていただけたこと
素晴らしい感想文をご恵贈いただき
ありがたく拝受いたしました

皆さまのご厚志にお応えすべく
一層努力してまいりますので
今後ともご支援賜りますようお願い申し上げます

略儀ながら書中を持ちましてお礼申し上げます

#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん