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ショート: 夢を埋める

一冊の本を埋める。
太陽の光に誘われ、
居ても立ってもいられず外へ出た、暖かい。

ロングTシャツだけでも暑いくらいの気候、
冬の面影もなくなったこの季節、いいな。

四季のどれをとっても、
この季節が好きだと言ってるが、
四季を愛でるとは、このことだろうか。

横浜は、坂の街。
少し行けば、田舎もあって、
平日は高齢者が集う公園も、今日は家族連れさえ
見当たらない。

ショルダーバッグから、一冊の本を取り出し、
誰も居ないのを見計らい、草むらの隅へ埋めた。
「俺は夢を捨てたんじゃない」

婚約者の南美は、誰よりも俺を理解し、
夢を現実にしようと懸命に勉強してついて来た。
その南美も、精神が病んでから会話をしても、
どこかうわの空で、ハリボテの笑みが痛い。

前は、南美の耳たぶを甘噛みすると、
俺の膝へ座り直して、唇を重ねるように
「よっちゃんとひとつになりたい」

アグレッシブな眼光が、消えたのは二年前。

「どうしよう」定まらない視線と独り言。
「どうしよう」が南美の口癖になり、
「私の居場所なんかない」塞ぎ込む。

四季を愛でる喜びを教えてくれた人が、
四季が変わったと聞かなければ反応しない人になり
南美が本当に社会へ出れなくなる前に、
俺は土へ夢を預けることにしたんだ。

#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん