ショート: 原点を忘れないように
初夏を聴く、甲高いホイッスルの音へ倣い
一斉に水を叩くプールの季節。
子ども達のはしゃぐ声が6月を教える。
深夜のプールへ忍び込み、話をするだけのつもりが
拓実とふざけて遊んでいる内、
魚になりたい、なんて話になり。
美葉のことは絶対に愛し続ける。人魚にさせない。
だって人魚になったら声を失うんでしょ?
俺がよその女と付き合うってことじゃん?
絶対ないから!
拓実の力説に、私は身を任せた。
ざらつくコンクリートのタイルの上で、
拓実の息遣いや指に、私を委ねる。
「誰か来るんじゃないか」
人より先に、雨足が来た。
6月の
冷えた雨粒が心地よい程、拓実が入ると熱い。
あれから11年目の初夏が巡り、
声が出てない日の連続とは思っていなかった。
「ママ、母の日ありがとう!」
小学1年生になった、
娘の美雨からのカーネーション。
「ママ!ここに置いたアレはどこにある?」
拓実の「アレ」ばかりで、呆気に取られる。
ジューンブライドに憧れて、
2人の付き合った記念日に結婚し、
今、耳に聴こえる声の中には、娘の美雨がいる。
初夏を聴くと、私の幸せに欠かせない風物詩が
原点を忘れないようにと示しているようだ。