短編: 仕事は生活です ②
学校の夏休みが終わる頃。
噂では、山下さんの人柄が変わっていた。
周囲の人々は、山下さんの言動に困惑しながらも、距離を置きつつ接しているらしい。
私はお盆が過ぎてからほとんど事務所にいる時間がなく、直行直帰の毎日。
時代は変わってしまい、納骨式は四十九日の習わしから親族が集まりやすい連休へとなり、
秋からは浄土真宗の報恩講が重なり、多忙を極めていた。
私が事務所にいない間、パートさんが、私から社長に直訴してほしいなどの連絡があり、
パートさんいわく、山下さんは自己愛性パーソナリティー障害と定義される人格で、
とにかく内野さんの否定や攻撃しているらしい。
内野さんが避けると
「きみが僕のことを嫌いなのは分かっているんだ」
山下さんは、内野さんを孤立させようと、従業員の前で内野さんを批判したり、周りの従業員に山下さんに従うように指示したりしていた。
パートさんは、職人さんに山下さんの愚痴を聞いてもらったが、職人さんは山下さんの行動を理解できない様子だったらしく、
話半分では埒が開かないと私へ訴えてくる。
私は職人たちがパートさんの愚痴を聞いて、内野さんを支えているのであれば、私が直訴する必要はないと考えていた。
ある日、パートさんが
「やっぱり山下さんの判断が間違っている」
真っ正面から山下さんに伝えたところ、
「どうして分かってくれないんだ」
山下さんが泣き出したらしい。
「立花ちゃん聞いてよ。
山下さんに何を言っても無駄。自分のことしか考えられなくて、少し注意しただけで自尊心が傷ついてしまうなんて、本当にどうしようもないわね」
パートさんは呆れたように電話口で言った。
「山下さんに泣かれてしまってからは、
山下さんが間違っていることを本人には言わずに私たち事務員が陰で処理をして、常に笑顔で安心感を与えてあげるんですよ。
山下さん、まだ若いでしょう?」
「内野さんへは自分がついている。だからなんとか苦痛を味合わせるなどない。
そうやって女同士、頑張ろうねって話をしているの。
今は自分が阻止できるけど、
でも立花ちゃんから社長へ、山下さんと内野さんの揉め事を言ってほしいの」
と、パートさんは電話してきた。
私は自己愛性パーソナリティー障害と聞いても、
何の障害か分からず、内野さんが攻撃されているのだけは承知した。
第五話 なんだか話が違っている
高齢化社会になると、お墓の整理や利便性の良い墓園へ移設するのが一般化している。
この日はかっちゃんや職人さんたちと町外れの僻地へ古い墓の回収をしていた。
「いよいよ山下さんが大変なことになった」
職人さんが話を始めた。
私たちは手を止めずに会話する。
かっちゃんも
「あれはうつ病かもしれないね」養生テープを貼りながら話題に乗っている。
「私は会社にいないから詳細は分からないんだけど、パートさんから山下さんが泣いた話を聞いたのよ」
「なんだ、立花、知ってたの?」
ところが、パートさんから聞いた話と、かっちゃんたちが話している内容が全然違うことに気づいた。
どちらが正しいなど私は主張せずに聞いていた。
「それに、あのパートさんも問題だと思うよ。
山下さんが後ろを振り返った拍子に腕に当たってしまっただけで
「骨折するほど殴られた!」って事務所で騒ぎ立てていたからね」
職人さんも
「内野は相当なヤツだぜ。腹が痛いって休んだのに、その晩はカラオケ屋にいたのを目撃されて指摘されると『救急車呼ぶくらい痛いから休んだだけです』とか言い訳してさ」
「山下さんも、内野さんを甘やかしていたから、ああなってしまったんだろうね」
「山下さんが『ちゃんと休みにしているし、もう二度とズル休みをしないでね。そんなことをしたら周りが迷惑するんだよ』と優しく注意したのに、パートと内野は「クソ山下はモラハラで会社を辞めさせようとしている」って文句を言っていたんだよ」
「腹が痛いって休んでおきながら、カラオケ屋にいたのにな」
かっちゃんたちの話が本当だとすれば、
パートさんと内野さんはストレス耐性が低く、事実を受け止められない認知の歪みを持っているのかもしれない。
客観的に物事を判断することができないようになっているようだ。
もしかすると内野さんたちは、自分たちがそうなった原因を自分自身にではなく、山下さんに押し付けているだけなのかもしれない。
誇大な被害妄想を抱えて、山下さんを悪者に仕立て上げようとしているように見える。
私に社長へ直訴してほしいという行動も
「私を追い詰めている」「私を辞めさせようとしている」という被害妄想に基づいたものなのかもしれないと感じた。
そういえば、中学生のとき。
「不当な体罰やイジメだ!」先生からハラスメントがあったと頻繁に言っていた子がいた。
その子は宿題をしてなくて先生から怒られたのに、
警察へ通報すると騒いでいた。
しかし生徒からの暴言や暴力の目撃談はなく、校内調査があり、私たち生徒はアンケートに答えたが一向にその証拠などがなかった。
証拠が出てこないと今度はその子の親まで出てきて
「証拠隠蔽!学校を訴えてやる。裁判する」
先生以外にもイジメをしたと名指しされた生徒は、
クラスのリーダー的存在で成績は上位クラスにいたが、その子がネットの『学校掲示板』へ執拗な誹謗中傷をして病んでしまい、不登校へ追いやられた。
1人の騒ぎは、みんなからは事実を歪める人。
認識がみんなと違うのだと周りは怖くなり、騒ぐ子から距離を置く人が出てきた。
その子が腫れ物扱いになると
「クラスのみんなが自分をいじめた」
その子の親が校長先生や担任と面談した翌日はいつもロングホームルームになる有り様だった。
本当に内野さんやパートさんの言い分は正しいのか私は分からなくなってきた。
ただ、かっちゃんたちがいる前では相槌だけで、
深入りはしないように気をつけた。
第六話 山下さんの言い分
私が社長に直訴するより、山下さん本人へまず話を聞いて確認するのがいいように思え、
今、会社の隣町にあるカフェへいる。
パートさんから聞いたと言わず、これまで耳にしたことを山下さんに問う。
山下さんは私の目を覗き込み、
実はうつ病の診断を受けており、心療内科に通院していると打ち明けてくれた。
山下さんはツラツラと時系列を無視し、話をしてくれた。
私やかっちゃんなどの現場勢が知らない出来事に、
「それは山下さんの一方的な見方」と言えなかった。
なぜなら、私たち現場勢は事務所のミスや嘘で振り回されていた時期があったからだ。
主任である山下さんだけが悪いのかと言えば、違う。
内野さんが入社した頃かな。僕に対するなにげない人格否定があったんですよ。
内野さんにしてみれば軽い冗談だったのかもしれないが、それに乗じてパートさんまで僕の人格否定をしてきてね。
聞き流せるといえば、聞き流せる。
「うちの事務所が暗いのは僕の性格が暗いから」
僕は内向的だし言い訳はしないよ。
だけど、新人やパートから『山下主任は給料泥棒』って。
山下主任の仕事量とワタシ達事務員の仕事量は同じじゃないですか、などと言い出して。
静かな事務所で内野さんから舌打ちが聞こえ
「目障りなんだよ」
内野さんとパートさんが揉めてないなら、僕へ宛てた言葉でしょう。
こんなのが毎日続くんだ。
僕は2人を呼んで話し合いをしたんだ。
内野さんに対して謝罪し、内野さんの意見に耳を傾けること、
そして内野さんは、僕の立場に理解を示し、感情的にならず冷静に対応するように。
双方が相手のことを尊重し、コミュニケーションを図るのが第一で、問題はすぐに解決するものじゃないけどね。
2人も了承してくれたから、
時間をかけてお互いを理解し、関係を改善していけたら歩み寄れる気がしたんだよ。
ところが、その晩。
「山下さんは主任だから」
内野さんは私生活まで仕事を持ち込み、愚痴の電話が掛かってきた。
会社の携帯だから着信拒否はできないし、電話にでないと出るまで延々と着信音が鳴り響く。
翌朝、内野さんが僕を怒鳴ったのに、
僕が怒って怒鳴り散らしたと記憶の改竄してね。
そんなのを知らないパートさんが内野さんの肩を持つ。
僕が正論で言い返すと、勝手に僕が感情的になっていると2人は無視を決め込み、事務所に掛かってくる電話さえ取らなくなる。
その反面
「山下さんがいなくなるとワタシは死んでしまう」と弱々しい声を聞かされ、情けないですが内野さんから逃げ出す気力がなくなっていくんですよ。
思えば、僕が謝ったからターゲットにされたかな。
愚痴を吐くためのゴミ箱にし、終いには愚痴は暴言と罵倒に変わり、ボロボロにされて何の罪悪感もなくポイ捨てされるのがオチです。
そのためには手段は選ばない感じですね。
内野さんから暴言と罵倒、そして弱味を見せるを繰り返しされると精神的な不調がきたんだ。
何度も社長には掛け合ったよ。
でも内野さんたちは女性で、僕が主任として頼りないからだと叱責されてね。
とにかく嘘をつく。
彼女たちは嘘を嘘と思ってないんだ。
僕が矛盾点を突くとことごとく嘘は崩れていく。
しかし基本、この世は男尊女卑だろう?
僕が女性を下に見ていてキレれていると見做されるんだ。
あるとき、何度同じことを教えてもメモを取らずに教えたことを忘れていく内野さんへ注意したんだ。
そうするとね
「山下さんはワタシへ嫉妬してる」
話が噛み合わない。
どうやら内野さんは記憶力がよいと自己評価し、
メモを取らないと注意するのを嫉妬と捉えたよう。
僕がミスを叱ると「なぜワタシは怒られるのか?」
「女性に怒ってるのは女性差別」言い出してね。
ミスをしたことを差別とすり替えるんだ。
口を開けば人の悪口か暴言。
「○○さんよりワタシの方が凄い」
「ワタシの方が才能がある」と外の現場に出た経験がないのに無根拠の自慢話で人の悪口が始まる。
仕事に関係ない無駄口は言わない事と注意すれば、
言論統制って、頭の中はどうなってるんだよ。
まあ、謝らないね。内野さんって人は。
基本、他責思考ですよ。
内野さんは物事への理解力のなさがコンプレックスなのかな?
お客様から「何度も同じことを言わせるな」
クレームがあって窓口には立たせられないんだ。
ここはパートさんへ任せられるけど。
内野さんを観察していると、自己評価が低く自信がないのが見えてくるけど、言っていることは驚くほどの自信家でね。
僕が先輩としてアドバイスしても内野さんは認めないし、直視しないですね。
しかし、口だけは「努力をする」「努力している」と言うのが得意で、行動が伴わない。
外面が良く、年配の取引先を中心に人脈を広げて、問題を起こしても、別の人脈へ鞍替えして色々なコミュニティに侵入しているのまで分かるから、
社長が見破れないのは当然なんですよ。
内野さんの試用期間中に辞めさればよかった……。
他では務まらないだろう。僕に何かできることがあるのではないか、変えられるんじゃないかと結局正社員雇用してしまったのが仇になりました。
パワハラやモラハラなどは上司がやることだと先入観があります。
しかし今、部下に嫌がらせをされて悩んでいる上司には、とにかく全力で逃げろ。
解雇できる理由を見つけたら切れと言いたいです。
嘘をつかれるのは辛いですよ。
勝手に僕の印鑑を使ってしまえば僕が責任を取る。
防犯カメラも盗聴器もないので、嘘を咎めても水掛論で、どのみち管理責任は僕にありますからね。
「これは怪しい」と気づいたものは、
お客様や現場に直接確認する知恵はつきましたが、我に返ったら「どうしてこんなことをしているのか」
こんなことは日常茶飯事です。
度々のことで具体例をあげたらきりがない。
まあ、自分の過失を認められないし、謝罪をしない。僕や現場勢がフォローしても「ありがとう」のひと言が言えずに責任転嫁をしてくる。
内野さんのミスが原因で起こったトラブルは、
なぜか自分のせいと認めない。
問答するだけ時間がないので、
仕方ないから僕がなんとか関係者に頭を下げて回るんですね。
でも僕に対する礼はなしで「給料分は働いてくださいね」だって。
職人さんへ支離滅裂な言い訳ばかり。
そして隙あらば他人に責任を擦り付ける。
最悪な言い訳は「業務中に山下さんに話しかけられたから間違えました」
子どもでもしない言い訳を平気でのたまう。
「内野さんがメモを取らずに忘れるし、
内野さんへ特別に作ったマニュアルまで紛失して、内野さんは自分が仕事を間違えるかもとは思わないのか?」と言ったことがあります。
でもパートさんが援護射撃するんですよ。
僕が席を外したときに何かあったら、僕に責任転嫁してんだろうなと思うと事務所に戻りたくないと思うことが増えてきました。
結局ね、僕に能力がないから、仕事が出来ないから
こんな状況になってるんです。
いじめられっ子にも原因があるんだよ、きっと。
それぞれの立場から語られる真実は異なるだろう。
誰が真実を言っているのか、誰が嘘をついているのか私には判断できない状況だった。