連載: 不幸ブログと現実のキミ③
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第三話
一月の寒空と肌が切れそうな風は緊張へ発破をかけるようだ。
私と菜摘は真百合のサイン会に参加するため、長蛇の列がある会場へと足を運んだ。スタッフの採用はなかった。
原色と原色が円を描く照明や鼓膜を突き刺すような爆音がリズムよく響く中、ファンたちが真百合を待ちわびる姿が見える。
人々の興奮した声がアーティストのライブを彷彿する光景だ。しかし私には重い影が差し込んでいる。
「随分とのん気に楽しそうね」菜摘がつぶやく。
舞台から手を振る真百合の華やかさと、
私には過去の痛みが静かに構える。
イベントが進むにつれて、私たちは周囲の様子にも目を向ける。
すると無表情で真百合を見る人、マスク越しに薮睨みをする人などが浮かんでくるように目に入る。
彼女達一人ひとりをジッと見て、目が合う人と軽く会釈をしてみた。
彼女達は皆、怪訝そうだが会釈を返し、その中にいた一人が出入り口へ顎を向けると示し合わせたかのように私たちは会場から外へ出た。
ロビーへ降りると私と菜摘を除いた五人が
「話をしましょう」と取り囲み、それぞれの目には迫力があり、真剣さと悲しみが感じられた。
「真百合さんのお友達かしら?」
攻撃的な口調に私はたじろいだが
「大学の同期です」
「なんだ、アイツの友達かよ」私の言葉を投げ捨てるようにつぶやかれた。
私は慌てて意を決した。
「あの、私……。あの、皆さんは真百合の大晦日にブログへ投稿されたものを読まれましたか?」
菜摘は私の腕を掴み
「私はこの子の親友です。
もしかして、あなた方は真百合さんのブログへプライバシーを書かれた被害者じゃないですか?
この子はブログへ出来事泥棒されたんです」
五人が揃って目の色を和らげ
「悲劇を思い出させてしまうけど、
あなたは流産した子? 身体は平気なの?」
私はゆっくり首を縦に振った。
私たちは一人ずつが自分の身の上を語り出した。
何をどうしたら、真百合のブログになったのかを。
真百合が昔、バイトしていた先の人。予備校の同期生二人と真百合の高校時代の同級生二人の五人は裁判を視野に入れ、真百合と闘う姿勢でブログやイベントをチェックしていたという。
私たちは互いに共感し合い、真百合の行動がどれほど多くの人々の経験を利用しているかを実感する。会場の喧騒とは別に、ここだけは彼女たちの声が響いている。
イベントが進む中、私と菜摘はついに真百合に近づく機会を得た。真百合は周囲に笑顔を振りまきながら、カメラに向かってポーズを決めている。その姿はアイドルそのものの扱い。
しかし私は自分のことを暴露された怒りや失望に暮れる五人の女性を思うと足が真百合へ進む。
この大勢が真百合を崇める中で真実をぶちまけないと気が済まない。
「真百合、お疲れ様」
私は深く息を吸うと、流産のことを引き合いに出して問い詰めた。
「真百合。ブログで私の痛みがどう扱われているか、そして、どう思っているの?」
スタッフが駆け寄るのを菜摘が静止する。
真百合は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「私は特別なの。私が伝えたことで誰かが救われるかもしれないのよ」言い放つ。
真百合の言葉は周囲のファンたちにも届いていたが、私は裏に潜む傲慢さを感じ取った。
今の言葉に違和感を覚え
「それは他人の痛みを利用しているだけだよね」
反論する。
周囲の視線が集まり緊張が高まる。会場の空気が一気に凍りついた。
「あなたたちの痛みを理解することはできないかもしれない。でもね、私は私の物語を語る権利があるの」と言い放ち、自己防衛の色が濃く漂っていた。
「意味が分からないんですが?
日本語でOKかな?
真百合は真百合の物語を語る権利があっても、
他人の物語を自分事のように切り売りする権利はないのよ。あなたはあなたなの!」
イベントが中断され、私と菜摘はスタッフに力づくで会場の外へ追い出される。
「なんで!どうしてなの!
私の不幸をマネタイズに使わないでよ!」
叫びはスタッフが私の頭を抱えて、口を抑える。
「私たちに触らないでよ! 誰か、警察呼んで!」
私や菜摘の力では真百合のスタッフを阻止することはできず、屋外へ引っ張り出されても警察は呼ばれなかった。
その代わり、名誉毀損で訴えると吐き捨てられた。
無念だ。こんなの理不尽で、なぜ私が名誉毀損で訴えられるのか。
他人の不幸をコンテンツにして売り捌く人が本当に正しいの?
そんな社会は間違っているよ。
ナンバーワンやオンリーワンになりたきゃ、真百合自らが経験できるものをコンテンツにしなさいよ。
雨が降り、ペトリコールが充満する歩道へ私と菜摘は抱き合い、声をあげて泣いた。
「こんなの悔しいよ」
真百合のスタッフに放り出されたバッグから着信音がしてくる。
「こんなときに誰よ」
スマホを見ると栗子からで、真百合が炎上しているとLINEがきていた。