短編: キンクマの生きる意味
薄曇りの空から微かな光が差し込む午後、
俺は机に向かい、紙とペンを手にした。
部屋には静けさが漂い、ハムスターのキンクマはpcの前でじっとしている。
最近キンクマの元気がなくなり、俺はキンクマの寿命を意識し始めた。
「タツジュン、何を書いてるの?」
キンクマが小さな声で尋ねたが、その声にはいつもの活気がない。
俺は目を伏せ
「キンクマにメッセージかな」
目頭には不安が熱く募っていた。
キンクマが好きなもの「マンゴー」「動画」「おしゃべり」書き出していく。
キンクマは俺の手元へやって来ても目は輝かず、ただ見つめるだけ。
俺はキンクマの無表情に胸が締め付けられる。
「どうしてそんなに元気がないんだ?」口に出すのも憚れる。
キンクマが俺の手に頭をこすりつけ、そのまま丸くなる。時折、顔を上げて
「タツジュン何かしゃべってよ」
開けた窓から風がカレンダーをめくる。
10月はそこにある。
「タツジュン。僕も遥香のところへ逝くのかな」
途切れながらもつぶやくキンクマを失うんじゃないか、重い悲しみがのし掛かる。
「具合が悪いなら病院に行くぞ。獣医に電話すれば今からでも診察してもらえる」
「ううん、ありがとう。僕は大丈夫」
「去年の今頃、タツジュンもこんなに淋しかったのかな。どうしてあの時、気づいてやれなかったのか僕の身の上に降りかかって反省したよ」
「過ぎたことを蒸し返しても仕方ないだろ」
「それは分かってる。でもね、5月から沢山の思い出を作って来たでしょう?
お盆に行った別荘地では怖い思いもしたけど、
やっぱりタツジュンと一緒にいる時間は僕の生きる意味になるんだ」
俺といる時間が生きる意味?
キンクマが元気を失った理由は、もしかすると、一人ぼっちでいる時間が増えたからか。
俺は忙しさにかまけ、キンクマとの時間を疎かにしていた。
「俺はお前に何ができるだろう」
キンクマのために新しい思い出を考えようとするが、アイデアは浮かばない。
快活なキンクマを取り戻すにはどうしたらいいのか、答えが見つからない。
思い切ってキンクマに向かって
「ごめん、俺がキンクマを一人にしてしまった。
もっと大切にしなきゃいけなかった」
キンクマはその言葉を聞いても、静かに目を閉じていた。
俺は返事をしないキンクマへ、信頼が薄れてしまったのを痛感した。
自分の過ちを悔い、キンクマを失ってしまう恐怖。悲しみが心の奥深くに染み込み、どうしようもない孤独が襲ってきた。
愛情や思いやりは、日々の小さな行動の中にこそ宿るもの。それを失ってしまうと、どれほど後悔しても取り戻せない。
俺はキンクマへ毎日少しずつ時間を作るようになったが、キンクマの様子は変わらず、
「もう遅いのかもしれない」と思いながらキンクマを手のひらに乗せ、小さな身体を見守るしかできなかった。