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小説: ペトリコールの共鳴⑯

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第十六話 甘え上手のカリスマ ①


 愛羅については『愛羅』のことしか知らない。

 自称・平成生まれの31歳。舌足らずの愛羅は人懐っこく、話の聞き役としてアドバイスが的確な部分があり冷静に他人の本質を見抜く力があった。粗探しに近い、異様な他人への関心の高さ。

 話しやすいキャラクターの愛羅へは、遥香に話したことがない会社の愚痴も言え、愛羅はまるで見てきたように会社内部や従業員達を言い当てていく。

「タツジュンさん、愛社精神ってあります?
 今の会社は辞めた方が良いと思われますよ。取引先への不実が今後災いすると思いますけど」

「話を聞いていると自主的に退職するより、会社から解雇してもらうのが金銭的にメリットがあるかもですよ? 転職の際は解雇されたと言わなきゃいいんです」

「正義のために、タツジュンが一肌脱ぎません?
会社の不正を取引先に暴露するんです。このままでは会社も取引先も、そして従業員であるタツジュンさんも共倒れになります」

「会社や取引先へ誠意を持ったところでいざとなれば個人が被る泥は面倒みてくれませんからね」

「人は食うか食われるか。食えるものは食う」

「利権のお溢れがもらえない人は全員弱者」

 微笑みを絶やさず無情に吐き捨てるセリフはどこか薄ら気持ち悪さがあった。しかし、痛快であり忌憚なくに世を斬る愛羅の語り具合は民意の代弁者でカリスマ性を覚えた。

 愛羅は一国を担う総理大臣の隠し子。
あの頃は俺も愛羅を血は争えないと感心したが、これも愛羅の嘘。

 反面、愛羅は自分へ無頓着。
愛羅がミスをしても嘘をつくか、人のせいにして言い逃れする。

 愛羅は、掃除は几帳面なのにどこか抜けていた。トイレを使った後は水を流さない。そしてトイレや洗面所の灯りはつけっぱなし。施錠する習慣や概念がない。お菓子を食べてもボロボロ溢して、服についた食べカスを床に払う。
そして「タツジュンさんが話しかけるから」
すぐに人のせいにする。

 トイレから出てきた愛羅のスカートが下着に挟まったままなど、『愛羅あるある』

 愛羅は俺と散歩へ出掛けるのを好んだ。
地方から出てきた愛羅は都内の至る場所が魅力的で、都会の風を当たるだけで気分が洗練されていくのだと言う。

 ただ困ったことに、愛羅と出掛け、しばしば口論となった。愛羅はペットボトルやアイスクリームのパッケージなどをポイポイ道へ捨て去る。
 ポイ捨ては、誰かの仕事を増やす善意らしい。

 休憩にファミレスを使うと飲み放題のドリンクサービスからお茶や紅茶、ミルクや砂糖をごっそり持ち帰る。店員が居ようが構うことがない堂々とした態度。

「持ち帰りは違うんじゃないか」
俺の注意へ愛羅は
「飲み放題へお金を払うんですよね?店で飲むか家で飲むか、選ぶのは客。ここで飲んで帰りましょうと書いてありましたか?」

 俺と愛羅は食事を外食に頼っていたが、飲食店で店員とトラブルになり出入り禁止されることもある。

 常識的な礼儀や愛想があっても途端に態度を豹変させ、店員へ俺からクレームを言わせていた。
人前では愛羅は自分の手は汚さず、俺のせい。

 散歩がてら、紅葉が綺麗な神社へ出掛けた。
愛羅はデザイナーになる夢があり、来春は専門学校へ入学する。なにやら、SNSで知り合った専門学校の学長が愛羅の描いたデザイン画を気に入り無試験で特待生として招いてくれるらしい。

「デザイナーになれますように」
愛羅の掠れ声が聞こえてきた。

「おみくじ引いていいですか?」愛羅は無邪気におみくじの入った箱へ手を入れ、1つ引く。
「なんだ、小吉か」無造作におみくじを丸めて境内の隅へ投げ捨てた。

「愛羅、お賽銭した?おみくじの代金は?」
すぐ不機嫌になる愛羅へやんわり聞く。

「参拝するのや神の啓示は神社のマネタイズなんですか?」
愛羅は何食わね顔で不思議そうに俺へ告げると
「さあ、次へ行きましょ」紅葉には目もくれず、
「タツジュンさん、大好き!」
愛羅の腕が俺の腕へ絡めた。

 この1週間後、愛羅は監禁罪で逮捕されることになる。