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小説: ペトリコールの共鳴 ㉔

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第二十四話 喧騒はまだ終わらない ③



「おかえり。けっこう雨が降ってるね」

 ハムスターのキンクマはpcを閲覧しており、買い物から帰宅した俺を労う。
 今日はキンクマがリクエストしたリンゴを買ってきたからかもしれない。

「リンゴ、食べるか?」「うん」
キンクマは素直でよろしい。

「ねぇねぇ、タツジュン。SNSに来ているDMは被害者さん?」
キンクマはpcから顔を背けず俺に訊く。
「じゃない? 『犯罪者予備軍リスト』に唯一いた女性被害者だろ」

「タツジュンはSNSで誰かと個人的に交流してないけど、どうして?」
「どうしてっても……。特に話したいことがないからかな」
「でも以前から交流があった人へ連絡したいなぁとか思わないの?」
キンクマは何が訊きたいのだろう。遠回しな言い方が気になる。

 リンゴを8等分に切ったものをキンクマがいるテーブルへ置いてやる。
「奥歯にモノがはさったような質問だな。
なんだろう、ネットから事件の詳細を収集したい目的はあるけど、交流はなぁ。『イイネ』だってしないぜ」

 キンクマは「ありがとう」つぶいて、リンゴを齧り始めた。「……だよね」と返事をした。

「深い意味はないんだよ。タツジュンが邪推するようなことは何も。ただ、この被害者がめちゃくちゃ怒ってるからさ、返信するのかなって」
「そんなダイレクトメール(DM)だったか?」

 キンクマの腰から持ち上げ、少し身体をずらす。
SNSのDMを開くとユミナから2通目のメールが来ていた。



既読がついたので、また聞いてほしくて書き込みます。

あなたは連日の報道を見ていらっしゃるのでしょうか?私は毎日ニュースをチェックしていますが、愛羅が過去に父親からの虐待で同情されている風潮が解せないのです。

愛羅は虚言癖があり、虚栄心も強いです。マスコミは愛羅が虚言癖と報道しながら都合の良い部分だけを真実としてニュースにするのが納得いかないのです。

愛羅が父親と良好な仲だったから虐待があったと、決めつけているところが私には釈然としません。

それに、虐待されていた人がみんな犯罪者になっていません。優しい人は沢山います。
過去の虐待された経験と犯罪は分けて考えるべきだと思います。
被害者は加害者の過去になんら関係ないです。

まだ精神鑑定もされていないのに、
世間では、生まれつき人は真っ新で、年を追うごとに色がつく価値観がベースになっていて、生まれつき真っ黒で生まれてきた人がいないかのような独断があっていいのでしょうか。

そして愛羅は、自ら良心の呵責から、
被害者へ自白や監禁場所を教えたなどの報道もあります。
裏切り者の愛羅らしい行動です。

凶悪な愛羅の行動に一貫性がありません。
被害者へ情報提供して【布石】を残しているように見えるのです。
3人もお亡くなりになり、愛羅は自分だけが減刑されたいエゴでやったんじゃないかと思います。

もしこんなことで愛羅が減刑になるなら、私は納得しないのです。「もし」ですから裁判長がどう判決を出すか決まってないです。

突然、またDMをしてすみませんでした。



「相当怒ってるな」
キンクマに切ってやったリンゴを摘む。
「被害者だからね、当然だよ」

 俺はユミナと交流はなかったが、ユミナの心情を慮ると生涯憎悪を腹に抱えながら生きていく辛さへ同情する。
 愛羅に出会わなければ、将来、自分が信用できる相手と結婚して子どもを持つのも可能だろう。
 同性の愛羅に裏切られたなら、結婚どころか友達もできやしない。

 ユミナのような被害者へどのような言葉が適切なんだろう。
抱きしめて温めてやるとしても、ユミナは相手を信用できずに自分の前で広がる腕を払いのけるかもしれない。

 ユミナからのDMで俺の中にあった憎しみが再燃し始めた。でも心の天秤は、今は人と関わりたくない方へ傾いていた。