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秘密を抱えると、結晶は凝固する

大学を出たばかりの私は、大地と結婚を誓っていた
うちの親は「まだ早い」と月並みな反対しかせず
想定内だったので、弾丸入籍をすれば良いと
安易に考えていた

大地の誕生日に入籍を決め、新しい棲家の内覧をし
式は挙げられそうにないので撮影だけ、予約
私が永遠の姓を名乗る間近になって
大地と連絡が取りづらい日が少し増えた

既読がつかなかった日、何をしていたか訊いても
大地は「梨沙に心配をかけることはしてない」

大地から嘘のない体温が私の首元から背中に
私の頭頂部へ息を吹きかけるよう
「梨沙、愛以上に表現したいぐらい愛してるよ」
以前は嬉しかった言葉が、私の耳から離脱した

◇◇
「どうしても知りたい」
私は大地との空白の時間が知りたかった
早朝、大地の部屋が見える位置から見張る
「まるでストーカーだな」と含み笑いが出た

11時過ぎ、大地はラフな格好で部屋を出て
駅がある、東へ向かう
大地とはぐれないように、私は気を払いながら
後をつけた

◇◇
最寄りの駅周りは、再開発が行われ
垢抜け、整った街が日中の光をより透明に見せる
大地は駅を素通りし、オープンカフェへ赴くと
すぐカフェのウッドデッキに姿を見せた

30代ぐらいの女性がいる席の前に立ち

◇◇
女性は細身で質素なベージュのセーターが
茶色の長い髪でも清楚に見せていた
テーブルに突いた両肘は自分の顔を手のひらで包み
大地が何かを喋ると、ゆっくり首を動かす
それだけで女性の母性が私にまで染みついた

大地が笑うと、女性も笑う
ときには、大地の腕を掴んで笑う

大地は浮気している、女性に甘えている
目に映る事実のみが私の首を絞める
不織布マスクはハンカチ代わり
見たくないものを凝視するのは何故だろう

◇◇
大地がスマホを手に取った
女性は姿勢を正し、大地の方に真っ直ぐ見据えた

私のスマホが震える
着信は大地からのものだ
慌てて私は路地に入り込み、着信を受ける
「梨沙? 起きてる? 今から出れる人?」

◇◇
大地の申し出に快諾したものの
大地は私をどうしたいのか

近くにあるコンビニで化粧を直し
時間潰しをしてから、駅前のオープンカフェに行く
私は女性に、大地に、何を喋れば良いのか

オープンカフェへ到着すると
大地がウッドデッキから私の名を呼び、手を振った
女性は軽く会釈をする

一旦、カフェの中に入ると今流の小綺麗な
どこのコーヒーショップとも差別化できない
ありがちな造りと香りがある

店員が席を案内しようとするも
「待ち合わせです」丁寧に断りウッドデッキへ歩く
大地は椅子から立ち上がって、無邪気に手招きする

◇◇
「大地、急にどうしたの?」
私は挨拶をすっ飛ばし、とにかく女性との関係を知りたかった
この親しげな女性は誰なのか

大地は穏やかな目で女性を見つめて
「梨沙に話しておくことがあるんだ
なあ、母さん」
…母さん⁈ どちら様が「母さん⁈」
だって大地のお母様は静岡にいて、この人じゃない

不織布マスクの下に隠れた口元は空洞になり
私は気の抜けたマヌケな声でしか返事ができない

女性は「どうぞ、おかけください」と椅子を勧めた

◇◇
「梨沙、隠していたんじゃないけど
うちの親の手前も…まあ、そういうのがあって
俺ね、この人が14歳の時に産んだ子なんだ
お袋の姪っ子が、母さんってワケで…」

私の脳内には次々にパワーワードが表示され
どこから処理していいのか迷う

「梨沙さん、はじめまして
大地の産みの母で優樹菜と申します」
優樹菜は大きくて色素が薄い目を私に向け

「梨沙さんご結婚、おめでとうございます
不束な…私が言っちゃいけないな
息子のことをよろしくお願いします」

優樹菜はバッグから丁重にふくさへ包んだものを
取り、私へ差し出した

(白魚のような指ってこんな感じか…)
優樹菜が細い指で卵を扱うようにふくさをめくると
『母子手帳』と書かれたノートと
小さな箱には『寿』と印刷してあるものが出てきた

私は母子手帳の表紙にある、幼い文字で書かれた
『母の氏名:相澤優樹菜』『子の氏名:相澤大地』
『平成10年5月15日交付』に目を落とした

表紙をめくると、優樹菜の名前の下に
大地のお父さんの名前が「父」として記載してある
優樹菜が1984年生まれで14歳
大地のお父さんが1972年生まれ…

私には知らなくても良い真実で、叫び声が出そうだ

母子手帳に挟んである写真は、黒板の前に立つ
色素の薄い、瞳が緑がかる少女が複雑な笑みでいた
大地にそっくりな目元と鼻の形
真っ直ぐな表情が、大地のまま優樹菜だった
血が繋がるとは、隠せず体現化できるものなんだ

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弾丸入籍と軽く考えていた私は恥じらいを覚えた
そして同時に、よその家に嫁ぐ意味を命じた

大地には、大地を命懸けで守りたい人が
またひとり、私の前にいて
私はその人達の願いを一身に受け
大地と共に強固な結晶を残してゆくのだろう

大きな秘密を抱えると、結晶は凝固する

テーブルの下から大地が私の小指を掴んだ
大地の若干汗ばんだ掌が
私を突いて奥から出てくる胃液の温度に似ていた

˚✧₊⁎清世さん⁎⁺˳✧༚

毎度、お世話になります
いつも良くしていただき嬉しいです
企画に参加させていただき
本当にありがとうございます