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小説: ペトリコールの共鳴 ㉖

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第二十六話 喧騒はまだ終わらない ⑤


 体長わずか20センチ足らずのハムスターはいつの間にか思考が発達していた。
 動物自体が人間より早く年齢を重ねるせいなのかもしれないし、まだ実験や検証がないので、既存のハムスターや人間と比較するのがおかしいのだと思う。

「キンクマの考え方は大人だな」
俺は2切れ目のリンゴを口に放り込む。
キンクマも2切れ目のリンゴを両手で持ちながら
「そうなんだ……。どこら辺が?」
不思議そうな返事だ。

「どこら辺、うん。キンクマは俯瞰して物事を見る点かな」
「フカンって?」
「俯瞰は高い所から物事を見る目かな」

 キンクマはシャリシャリ音を立てながら小さな歯でリンゴを噛み砕き、
「そうなのかなぁ。僕ね、狭い世界で生きているから広い世界はネットを通じないと分からない。
生きてる経験も短い。だから、
コレは本当、アレは嘘が見抜けないじゃん?
ネットの報道やコメントを一歩引いて聞いているんだよね」

「ほぅ、相変わらずキンクマは冷静だな」

「冷静なのかなぁ、う〜ん。
それでね、思ったのは、人間はいつも多数派の意見についていき多数派が正しいと決めつけてるのが、怖いかな」

「例えば?」

「人間はマスコミ叩きするでしょ?マスゴミとか悪口言って批難する。
だけどその“マスゴミ”がスクープを飛ばすと事実を知らない人がスクープを信用して、それを根拠に集団が個人を叩き始める。
『前からアイツは怪しかった』とかって。
怪しいと思った印象とマスコミ報道が一致したら真実になるのが怖いよ。
スクープでヤリ玉になった人の私生活を集団は知らないのに、事実を知らないのに」

「まあなぁ、そういう節はあるな。
ネットの過熱は怖いなぁ。
俺は愛羅と付き合って失敗したし、ネットじゃ叩かれたし」

「そうだね。黒幕説が流れて真犯人は『被害者A』つまりはタツジュンが犯人だってね。
短期間で洗脳されたとか、アジトの鍵やpcのロックが掛かってないのは常識的にあり得ない。
愛羅は被害者の男にそそのかされた“被害者”だと。
集団は事実を知らないのにね」

キンクマはリンゴの種を吐き出すと、

「僕も失敗してるよ。愛羅と初対面なのに、珍しいお菓子をもらったら疑わずに食べた。
『食べたいって欲』と『美味しそうって感情』に流された。そして気を失った。
感情に流されたら失敗するんだな」

「キンクマは大人っぽいことを言うなぁ」

「僕は大人っぽくないよ。
この家で不自由な生活したとき、怒りで絶対に愛羅へ仕返ししてやろうと思ったんだ。
で、愛羅の居場所の潜入へ成功した。
ところがどう仕返ししていいか分からなくて、感情に流されたから失敗」

「でも、結果は監禁された被害者や俺を助けただろう?」

「結果はね。愛羅たちが運良くマヌケだったから。
アジトに入って、別の部屋にタツジュンがロッカーへ閉じ込められているのを聞いて、感情が止まったんだ。
仕返しより、僕はやることがあるって。
今まで観た動画や映画、遥香のお話の中に助ける方法があるんじゃないか」

「助けたいって、感情じゃないのか?」

「助けたいと実行したから、信念かな。
それでね、僕は遥香のお話を信じることにしたの。
『キンクマはpcの使い方を覚えたのね、偉いね』
遥香が言ってくれたんだ。
そのとき僕は電源を入れて、マウスも使えたよ。
pcは言葉を話すより簡単だった。
形から入る……。
電源ボタンやアイコン、文字は形で覚えて、
だから、
僕にできることはpcを使って人間を助けること。
映画では夢みたいな能力を観るけど、ピンチの僕にできるか不確実を信じるより、遥香が僕を見て言った能力を信じた」

「今知ったよ、そういう話」

「うん、しなかったから。
俯瞰や冷静の話を続けると、まずは僕自身が確実に目に見えることとそれに見合う情報を選ぶこと。
そして、分からないことは感情に流されず、
静かに距離を取る気持ちが大事だと判ったよ」

俺はキンクマの話を聞きながら、
もう飼い主とハムスターの関係じゃない。
でも、どんな関係かも説明できなかった。

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