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幸せで偏屈なわたしのひとりごと

「幸せになりたい」どういう幸せ?

ないものねだりって
『幸せ』を目標にして、幸せの中身がない
文字というか、幻想を追いかけて
『幸せ』が掴めないから、自分は不幸だと思って
悲劇のヒーローやヒロインになっているような

そもそも、自分ってなにか
自分が何者か分かっていれば
何が、誰が、特別かも分かるし
特別じゃないところに存在する
心を寄せるものが見出せると思っちゃう

ついでに言えば「どうして人を愛するのか」も
自分や相手に降り注ぐ幸せのためじゃない
幸せのために愛するって、理屈が分からん

相手が相手であるから、わたしはわたしだから
幸せになりたいから、奈々を大切にするんじゃなく
奈々が奈々であり、わたしはわたしであり
自分にない、奈々の特性が愛おしい
奈々といる時間が平和だと思う

ホームセンターで、特売の『ちゅーる』を買って
レジに並んで、帰りの車内で
奈々が夢中で食べる姿を想像するのが幸せ
『ちゅーる』にありつけた、奈々も幸せ

好きな人がいて
「もう帰る時間?早いなぁ。もっと一緒に居たい」
これ、わたしの幸せ

好きな人が
「ももと居ると、本当に楽しい」と思ってくれたら
好きな人も幸せ

幸せは「こうならいいな」が具体化するから
降り注いで来ないから

幸せって、そういうことじゃないのかな