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ショート: 被害者の終末章

「ガラスの手?」
会社の先輩が私の左手に触れ、引っ込めた。
「いえ、シリコンと金属です」
何万回目の説明か。

子どもの頃、塾の帰りに攫われた私は、
深夜の踏切で突き飛ばされて、解放されるが、
その代わり、左手は貨物列車に轢かれて失った。

私以外は、皆、無惨な形で発見され、
犯人はまだ女子高生ということもあり、
医療刑務所へ三年ばかり入院していた。

やがて彼女の手記はベストセラーになり、
現在は、動画配信でご意見番をやっている。

加害者の更生は被害者救済になるらしいが、
彼女は動画の中で自らの罪を
「記憶にないんだよね
そうしたらさ、なんと通報されちゃって」
迷惑しているのはこっちだと言わんばかりの顔。

これらの発言から、
彼女は悪いことをしたと考えるより、
欲望を止められ、阻止された怒りが見えた。

動画にコメントする人達も、彼女へ同調し
「ニセ被害者はAbc会、会員の自作自演」
「裏社会に巻き込まれたガチ被害者」
「あなたは偽被害者にハメられた本当の被害者」

擁護する人は、裏に陰謀が潜むとデマを飛ばし
どうしても私達を加害者にしたいのか。
でも、私は当時の彼女が真顔だったのも見て、
「騒いだら殺す」これだって、彼女の声。

彼女は、家庭環境の複雑さが世論の的になり
悲劇のヒロインとして階段を昇って行き、
中高年を中心に、支援の輪が拡大された。

一方で私は、左手を失ったにも関わらず、
生きて発見されたことや塾のお迎えが遅れたことで
両親が多大な批判を受け、私も同情されず、
両親は弟を連れて、心中してしまった。

彼女は、私や他の遺族を破滅に追いやり
元女子高生大量殺戮者として名を馳せ、
被害者の私は、左手がないので社会の隅に、
差別や侮蔑の津波にさらわれたまま残される。

ネット動画の影響で、他の遺族は一家離散や
住む場所を追われた人もいると聞いた。

加害者は、刑期を終え、社会的制裁を受けた後は
私が被害者であっても復讐は許されず
加害者がのうのうと生きようが、人権の傘に守られ
被害者は永遠に、被害者の立場から降りられない。

「虐待された子は、親になると子を虐待する」
テレビに出る、精神科医の言葉は
私の気持ちを砕いていき
混濁した内心を言って行く場所もない。

事件から15年を経て、マスコミは
また真実を煽る、デタラメを書き立て、
子どもを亡くした親達を加害者にしようと懸命で
センセーショナルな記事が踊り、ネットが舞う。

被害者は被害者ではなく、
評論家も含め野次馬の酒の肴に成り下がるだけ、
何も良いことはなく、
私達の不幸で、世間は犯人ばかりを注視した。

ガラスの手に似た、冷たい義手を頬に当てる。
ひとりぼっちで頑張った自分を解き放とう、
被害者でいるのに、もう疲れた。

スーツケースを掴むとアパートに一礼し、
私のことを知らない土地へ根を下ろすと決めた。

#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん