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映画界の現状を映し出す〜宇野維正著「ハリウッド映画の終焉」

なんとなく感じていたけれど、気に留めなかった現実。のどに引っかかっているのだけれど、深く考えなかった問題。これらを、エビデンスと共に解説する本、それが集英社新書、宇野維正が著した「ハリウッド映画の終焉」である。

そのエビデンスとは、2020年以降に発表された映画の数々で、それだけを取り出すとコロナ禍後の映画ガイドブックとしても読める。

“ハリウッド映画“は大きな転機に見舞われた。言うまでもなく、配信サービスの台頭である。この本によると、<2002年、ハリウッドのメジャースタジオは約140本の新作を劇場公開し、〜(中略)〜一方、2022年に劇場公開されたメジャー作品は75本>となっている。そして、<観客動員もほぼ半減している>。

結果として、確実に興行収入が稼げる作品に資源は投下され、<シリーズものではない作品、監督の作家性の強い作品、オリジナル脚本の作品>の制作が削減されている。

さらに、映画会社の多くはコングロマリット化の中に組み込まれ、映画ファンではなく、投資家の方を向いている。<ディズニーやワーナーはいかに自社のストリーミングサービスの契約者の数を増やすかに経営の主軸をシフトしている>。私は、スピルバーグ監督「ウェスト・サイド・ストーリー」を映画館で見たのだが、ほどなくしてディズニー+で配信されていた。これでは、映画館に行く人が減るのではと考えていたが、これはディズニーの戦略の一環だったのだ。

こうしたテクノロジーの変化による経営環境の変化に加えて、第1章のテーマは<#MeTooとキャンセルカルチャーの余波>とある。

キャンセル・カルチャーとは、過去の不適切な行為により、対象者を排斥する社会情勢である。<「キャンセルされるべき」プロデューサーや役者>が作った作品をどう考えるのか。様々な考え方があると思うのだが、“ポリティカリー・コレクト“の名の下に、表現が不自由になっているとすれば、映画作りにおける大いなる足枷だろう。

本書で紹介される2020年以降の“名作“と言って良い作品は、こうしたハリウッドの変化を受け止めた作品群であり、また映画制作者たちの抵抗の産物でもある。“ハリウッド映画の終焉“と、これらの作品との因果関係は単純ではないが、各作品のレビューと絡めて興味深く説いてくれている。

全部で16作品が取り上げられているが、私が観たのは7本あった。「ラストナイト・イン・ソーホー」「Mank/マンク」「リコリス・ピザ」といった、気に入った作品が入っていたのが嬉しかった上、深い洞察と情報が盛り込まれているのも収穫だった。

特に、最後に登場する「TAR/ター」については、その作品の奥の奥まで目が行き届いており、“キャンセル・カルチャー“の関係においても、再度見直すべき点が多いことがよく分かった。

映画館は“スーパーヒーロー映画“の見世物小屋としての施設と、クラシック音楽を楽しむコンサート・ホールのような存在に二分されていくのだろうか。それとも、“ハリウッド黄金時代“のように、人々が共通体験を共有する場所であり続けるのだろうか。

本書は、“終焉“としつつも、新たな世界が開けていく可能性も示唆しているようにも読める。

映画を愛する人、本書を読んで考えてみてはいかがか


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