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青春映画は永遠に不滅です〜「リコリス ピザ」とホームステイの思い出

「リコリス ピザ」ってピザ屋のことかと思っていたら、レコード店の名前であった。監督のポール・トーマス・アンダーソンが、「Variety」紙のインタビューで、彼が育った南カリフォルニアにあったレコード・チェーン店の名前と語っている。

なぜレコード屋がこんな名前をつけたのか。“Licorice“というのは薬草の一種だが、その風味をつけたキャンディーのことでもある。調べてみたら思い出した。私は中2の夏休みに、ロスアンゼルスでホームステイしたのだが、その時に食べたお菓子である。真っ黒なタイヤチューブのようなもので、食感はグミ、写真を見ると分かる通り、見るからにバツである。よくこんな美味しくない菓子をアメリカ人は食べているなと思った。つまり、その真っ黒なキャンディーをピザの形にした“Licorice Pizza"なるモノを作ると、アナログ・レコード盤そっくりになるだろう。頭文字を取ると“LP“である。

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私がホームステイしたのは1975年、この映画の舞台はそんな時代のカリフォルニア、サン・フェルナンド・ヴァレー。

アナログ時代のノスタルジックな空気の中で展開される青春ドラマなのだが、“いい時代だったな“にとどまらない作品になっているのは、その設定の妙だと思う。男は15歳の高校生、ギャリー。まだ、子供の面影は残るが、すでにビジネスマンとしての才覚を見せ始めている、大人と子供が同居する主人公を、映画デビューとなるクーパー・ホフマンが好演している。

ヒロインは25歳の女性。 ギャリーの高校に写真撮影業者のスタッフとして訪れたところ、ギャリーに見染められる。大人の歳にはなっているが、まだ地に足がついているとは言えない女性である。この年の差がある二人を主役としたのが、まず勝利である。

彼女を演じるのは、アラナ・ハイム。私は全く知らなかったのだが、姉妹で結成した女性バンド“ハイム“のメンバー。 他のメンバーも、まさしく姉妹役で出演している。このアラナ、見始めた時は、「なんでこの人がヒロイン?」と失礼ながら思ったのだが、ドラマが進むにつれてドンドン魅力的になっていく。これが映画デビューとは恐れ入る。

この2人の関係がなんとももどかしく、まさに“青春映画“なのだが、年の差とその成長のいびつさが、通りいっぺんの作品と一線を画する仕上がりにつながっている。

そして、脇が凄い。ハリウッドの俳優役(ウィリアム・ホールデンもどき)のショーン・ペン、その仲間にトム・ウェイツ(!)。バーブラ・ストライサンドの彼氏で映画プロデューサー、ジョン・ピーターズ役にブラッドリー・クーパー。この3人が分厚い存在感でドラマを盛り上げる。

もちろん、音楽も良い。個人的には、デビッド・ボウイの“Life On Mars“がフィーチャーされているのが嬉しい。(観た後に予告編を確認したら、この曲が使われていた)

70年代を背景にした、こんな素敵な青春映画が今だに作られていることに、ちょっと感動を覚えるた。

ちょっとしたトリビア。劇中で、ギャリーの弟がテレビで野球を見ているシーンが流れる。後ろに聞こえるのは、ロスアンゼルス・ドジャースの専属アナウンサー、ビン・スカリーの実況。バッター・ボックスに立ったと思われるスティーブ・ガービーについて、シーズン111打点と紹介している。これは1974年のことで、実況はポスト・シーズンのものであろう。

スティーブ・ガービーは、当時のドジャースを代表する選手で、74年はリーグMVPに輝く。ドジャースタジアムで、彼のプレーを観たのも、私の思い出である。これでてっきり1974年が舞台だと思ったが、この映画ではオイルショック、ロスアンゼルスの市町選挙もイベントして登場する。これらは1973年の出来事である。ということで、時代はざっくり70年代前半であり、現実に起きたイベントに正確に即しているわけではない。これらは、あの時代の空気を演出する小道具なのだ。

そのフワッとした感じがこの映画に相応しい。



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