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監督…ロバート・ゼメキス『永遠に美しく…』

 オープニングを聴くだけでゾクゾクワクワク。

 1992年制作の映画ですが、何度観ても全く色褪せない怖面白さ!

 このお薬を飲んだらアラ不思議、シワもたるみもほうれい線も魔法のように消え、パサついた白髪が元の色を取り戻してツヤツヤでサラサラでふわっふわになり、垂れ下がっていたお尻と胸がキュッ!キュッ!と上がっていきますよ…

 …なーんて広告を打とうものなら偉い人たちに「大袈裟な宣伝はダメですよ」と怒られる世の中ですが、この映画にはそういうミラクルなシーンがあります。

 そのシーンだけ観るのも楽しいですし、鏡やメガネ等をうまく利用してそこに映る者の滑稽さや恐ろしさを強調する演出といい、俳優さんたちの演技といい、神がかり的な作品。

 …いや、神というよりは悪魔かも?

 ※注
 結末までは明かしませんが、ここから先はネタバレがあります!


 まず、怖いのはマデリーンとヘレンの関係性。

 この女性2人は表面上はニコニコしているけれど、お互いを「マッド(MAD=狂っている)」「ヘル(HELL=地獄)」と呼ぶ関係。

 どういう関係かは明白ですね。

 仲が悪いのです。

 マデリーンはヘレンの恋人を奪い続け、ヘレンはマデリーンが殺人事件の被害者役で出演しているビデオを狂気のエンドレスリピート。

 二人は超怪しいアンチエイジング薬を飲んだため見た目だけは若くて美しいけれど、体がどんなにボロボロになっても死ぬことが出来ません。

 怪我をしたら怪我をしたまま。

 治癒することはありません。

 体が崩れても、崩れたまま。

 それって美容整形にちょっと似ていますよね。

 わたしはある程度までの美容整形については肯定派ですが(わたし自身はお金が無いのでやったことはありませんが)、美容整形って、やればやるほど際限が無くなるものですよね。

 何度も同じ所を切ったり異物を入れたりしているうちにどんどん不自然になって、周りから見たら「綺麗な人っていうよりも整形した人って感じだよね」という状態になっても、「もっと顔をいじってもっともっと綺麗にならなきゃ!」と更に手術を受けて、どんどん元の顔からかけ離れて、しまいには「一番最初のありのままの顔の方が良かったのに…」と周りから言われる美容整形依存症の方を生み出しがち。

 そこまでくると、もう元には戻れません。

 美容整形のやり過ぎで崩れた顔を元に戻すことは難しいです。

 たとえば「一重瞼を二重瞼にしよう」とか「アゴの肉だけを取ろう」といった初期のゴールまでで止められる方は良いんです。

 でも、そこでストップ出来ず、また他のところが気になって、「二重瞼にしたから次は鼻を高くしよう」とか「アゴの肉を取ったから次はアゴを尖らせてみよう」といった風に美容整形がノンストップになってくると危険。

 ゲームのガチャでもそうですよね、「あと一回だけ回そう」が何度も何度も続いて、気がついたら課金額がとんでもないことに…!

 「ここまでで止めないとヤバいよ」って境界線って、必ずあるんです。


「生きている」の定義は何?

 この映画の場合、マデリーンとヘレンは若さや美しさに執着してこの怪しさ満点の薬を飲んだ時点で、超えてはならない境界線を完全に超えてしまいました。

 その線を超えてしまったら、たとえどんなに後悔したとしても、もう戻ることは出来ません。

 美容整形による崩れを治すのが難しいのと同じように。

 「いいキャラが出なかったから、ガチャを回したのをやっぱり無かったことにして」と課金をチャラにすることが出来ないのと同じように。

 若さも、美しさも、いつかは必ず失われるものなのに、自然の摂理に反したことをしてしまったから、マデリーンもヘレンも体がどんな状態になろうとも死ぬことが出来ません。

 たとえ朽ち果てようとも。

 永遠に…。

 この映画が教えてくれるのは、「死んでいない」ということは「生きている」ということではないということ。

 マデリーンもヘレンも決して死にはしませんが、「生きている」とはもはや言い難いからです。

 人間の歴史上、不老不死を追い求めた人は数多くいますが、老いることも死ぬことも出来ないということは、ちっとも幸せではないと思います。

 たとえ肉体が滅んだとしても、誰かの心の中で生き続けられる人こそが、真の不老不死と言えるのではないでしょうか?


うまい話には裏がある

 また、この映画の中ではそこまで描かれませんが、きっとこれまでにもこの薬の顧客たちの中には、マデリーンやヘレンと同じような「死んでいるけれど動き続ける状態」に陥った人は少なからずいたでしょうね。

 何という残酷物語でしょうか。

 この怪し過ぎる薬がどんな成分で出来ているのかは明かされないのですが、わたしはあの薬の原材料って、もしかしたらあの薬を飲んだ人間を溶かしたものなんじゃないかな?と勝手に妄想しています。

 なぜなら、それなら半永久的にこの薬を製造し続けられるからです。

 いつの世にも「いつまでも若く美しくいられる方法」を追い求める人間はいるわけですから。

 そういう人を騙して、この薬を飲ませて、ボロボロになって動けなくなったところを捕まえて、あまり想像したくないけれど溶かして液体に変え、それをアンチエイジングの薬としてまた新たな犠牲者に売りつけてしまう…というのを繰り返すのが、ひょっとしたらあの薬の売人がやっていることなのでは無いでしょうか?

 マデリーンもヘレンも、この薬の「死ねない」という副作用を前もって知らされていなかったようなので、ある種の被害者でもあるのですが、売人はわざと知らせなかったのかもしれませんね。

 そもそも売人としては、マデリーンとヘレンがこの薬を飲んだ後でボロボロになるのが狙いだったのかもしれませんね、そうなればマデリーンの夫(遺体をまるで生きている人であるかのように修復出来る天才エンバーマー)を自分たちの仲間に引き入れるチャンスを得られますから。

 何とおぞましい…。

 そうではないことを祈るばかりです。

あなたならどうする?

 さて、この文章を読んでくださったそこの貴方、この薬を買えるチャンスがあったら飲みますか? それとも飲みませんか?

 ちなみにわたしは飲みません。

 この薬を買うくらいなら、たとえばハーゲンダッツを一個買って食べる方が、「わたし今生きてる✨」と実感出来るからです。

 「死なない」ということよりも、「生きている」と実感出来る瞬間があるか無いかが人生の肝だと思います。

 というわけで今からハーゲンダッツを買いに行ってきます。

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