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風がすーっと吹き、詩の葉がわたしのもとへやってきた。―映画「タゴール・ソングス」@ポレポレ東中野(4/18より公開)

わたしが生まれ育った新潟は、とにかく風が強かった。
冬の日本海は荒れ狂い、信濃川にかかる橋を歩くのも一苦労だった。
向かい風では息ができず、追い風では足がとられる。
風が強過ぎて、電線が絡まりあい、大停電なんてこともあった。

高校生の頃は、制服のスカートをわざわざウエストでたくしあげてミニスカートにしていた。よく、あんな強風の中を、足を真っ赤に染めながらガシガシ歩いたものだなあと、当時の自分に感心する。そう、ガシガシ歩かないと、新潟の強風の中では生きられない。曇りと雨が新潟のデフォルトの「今日のお天気」なんじゃないか…と思うほどで、少しでも晴れると本当にうれしかった。

風もそこまで強くない天気が穏やかな日に、近所の信濃川の河川敷、通称「やすらぎ堤」でぼーっと川を眺めるのが好きだった。こう書くとなんだかロマンチックな感じさえしてしまうけれど、学校をさぼっていく先もやはりだいたいここだった。いけないことだったとは思うけど、学校が嫌い、行きたくないという気持ちは、信濃川を眺めていると不思議と落ち着いたものだ。

弟や母ともよく散歩したし、自転車の練習もした。春には桜が、初夏には柳がしなやかに風になびき、盛夏には新潟祭の花火大会の会場になって賑わい、冬は雪に覆われ一面真っ白になる。「昔はね、冬になると、信濃川が凍って、こっちからあっちまで凍った川の上を歩いて渡ったんだよ」と祖母は語った。本当かどうかはわからないけど、「なんだか楽しそうだなあ」と、その様子を頭の中で思い描いて遊んだ。荒れ狂う天気、吹きすさぶ風に、時にめげそうになったけど、それもふくめて、美しい感触と時間だったと想起する。新潟の人の我慢強さとたくましさは、もしかしたら雪国ということに加え、この風のせいなのかもしれないなと思った。

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もうひとつ、わたしにとって大切な川がある。インドの北部に位置するバラナシを流れる「ガンジス川」。

君に、ガンジス川を見せたいんだ。
何度も何度もそれを夢に見るんだ。
あなたは常にそう言っていた。
インドに行こう、バラナシに行こう、そしてガンジス川を一緒に見よう。
その日がついにやってきた。
一週間インドに旅することになった。
日本は春が芽生えはじめる時期だった。
これは、その時の日記。
あなたが見せてくれたガンジス川のはなし。

(『あなたが見せてくれたガンジス川―インド旅日記』なかむらしょうこ、2020年)

これは、わたしのインド日記をまとめた本の「前書き」の部分。そうなの、夫 teshが、ずっとずっとわたしにガンジス川を見せたいと言ってくれていた。だけど、わたしは、インドに行くことそのものに怖気づいてしまって、なかなか「YES」と言えなかった。だけど、不思議ね、時はやってくるのね。ネパールを旅したことも相まってか、だんだんガンジス川に行きたくなってきて、いや、ガンジス川に行かなくちゃという気持ちになってきた。そして1週間、バラナシに滞在し、毎日毎日、ガンジス川を眺め、散歩した。そこにも風が吹いていた。乾いて、あたたかい風だった。風とともに祈る声、生活の音や匂いがやってきた。風を感じながら、ぼーっとしていると、1時間、2時間、気づくと夕方。あっという間とはこのことで、時計に頼らずに、時の流れを感じることができたのははじめてだった。数字におきかえられない「時」。

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(2016年に行ったガンジス川の風景)



ところで・・。みなさんは、映画を通じて、風を感じたことはありますか。
映画「タゴール・ソングス」の試写を拝見したのですが、すーーーっと風が、わたしを通り抜けたのです。


ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)
インドを代表する詩人で、非ヨーロッパ語圏ではじめてノーベル文学賞を受賞した人。詩人だけど、小説や劇、音楽、そして絵と、表現の幅は多岐にわたり、今もなお、彼の言葉や想いは詩や歌を通じて受け継がれている。

そんな多岐にわたる表現の中の軸となるひとつが「タゴール・ソング」と称されている歌たち。タゴールは、生涯にわたり2000曲以上もの歌を作ったそうなの。「タゴール・ソングス」は、このタゴールが作った歌に焦点をあてたドキュメンタリー映画。


わたしは、この映画の公開をきっかけにタゴールを知った。
それまで、全く知らなかった。
何で、知りもしなかった詩人の映画が気になったんだろう。


たまたま、わたしのツイッターのタイムラインに「タゴール・ソングス」の情報が流れてきたの。
「インド」「詩」「歌」「ベンガル文学」・・・気になるワードとともに、SNS上だけでも伝わりすぎるほど伝わってくる佐々木監督の熱意。それらが重なって、わたしのハートに突き刺さってきた、きっと、そうだ。

翌日には、ベンガルとは何かを知りたくて、まずは胃袋から攻めようということで、町屋にあるベンガル料理屋「puja」さんを訪ねた。タゴールの詩集を手に取る前に、食文化から理解をしようとするあたりが、「わたし」である。結果、おいしすぎて、しかも、バナナ好きにはたまらん、バナナ料理がたくさんで幸せだった。店内にはタゴールの肖像写真が飾られていた。お店のママにタゴールのことをたずねると、「今はみんな、スマホをいじってばっかり。タゴールを通じて、文学や本の楽しさを知ってほしいわ。きっとタゴールの言葉はささるはず」とお話をしてくれた。

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(pujaのランチプレートとバナナの蕾コロッケ)



話を戻すね。
この映画は、現代を生きる人の中に宿っているタゴール、現代の人々の中で生きているタゴールの物語だと感じた。タゴールの人生や業績を解説しているわけではないの。
最初から最後まで、誰かにとってのタゴール・ソングにあふれている。
あの人にも、この人にもタゴール・ソングがしみ込んでいて、彼も彼女もタゴールの詩の葉をポケットに1枚は忍び込ませている・・・。タゴール・ソングはベンガルのみんなの人生に寄り添っている。

それがね、驚いたことに、わたしの人生にも寄り添ってきたの。
映画の中の人々が、タゴール・ソングを歌うとね、不思議と風が吹いて、わたしの体と心を通り抜けて、風が通り過ぎていった感触と詩が肌に残った。

わたしが、故郷 新潟のやすらぎ堤で、信濃川を眺めながら風を感じていたあの頃、ガンジス川でそよぐ風の中、時の流れに身を委ねていた、あの日・・・がふと蘇る。

「ひとりで進め」
「あなたの風が帆になびいた」
「時々 あなたに会えるけど」

フリーランスとして歩みはじめよう!と決意したてのわたしに響く「ひとりで進め」、いつもわたしのことを支えて、メンターかっ!というくらいに助言をくれる夫teshのことを思わずにはいられない「あなたの風に帆がなびく」、そして遠距離恋愛をしていた高校~大学時代の甘酸っぱさと、寂しさと、だからこそ募る恋しさがよみがえってきた「時々 あなたに会えるけど」。はじめて知ったタゴールなのに、はじめて彼の言葉に触れたのに、なんでこんなにわたしの中にすっとはいりこんでくるの。なんで、わたしの人生に寄り添ってきちゃうの。それも、今のわたしに必要な言葉ばかり。


風にのって彼の言葉がわたしのもとにやってきた。
彼の詩の葉がわたしの心にピタッと貼りついた。



タゴールは、こう記す。

いまから百年後に
わたしの詩の葉を 心をこめて読んでくれる人
君はだれか― 
 
(タゴール『百年後』より)



はじめ人間の言葉を借りれば、「なんにもない大地にただ風が吹いていた」頃がある。タゴールの時代にも風が吹き、今こうして、わたしたちが生きる時代にも風は吹いていて、詩の葉がやってきた。だから、きっと100年後にも風は吹いて、あなたの言葉を届けるでしょう。
その風をまとった人が、自然とあなたの歌を口ずさみ、あなたの詩集を手に取り、その詩の葉をまた風にゆらすのでしょう。



「タゴール・ソングス」
風とともに詩がやってくる。
歌声とともに言葉が響く。

きっと、あなたの‘今’に響く詩に出会える映画。
いつの間にか、心をこめて見てしまう映画。

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(画像:映画「タゴール・ソングス」より)



《関連情報》
タゴール・ソングス

(監督:佐々木美佳、構成・プロデュース:大澤一生、配給:ノンデライコ)
ポレポレ東中野
4月18日~公開予定!
最寄駅:JR東中野駅西口北側出口より徒歩1分
http://tagore-songs.com/

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【プロフィール】
中村翔子(なかむら・しょうこ)

本屋しゃん/フリーランス企画家
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店 アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。 バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。 


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この日記が、あなたの「月日」に寄り添えますように。 


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台湾の朝市で房買いしたバナナの甘さとモチモチ感が忘れられません。
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本好きな人とアートが好きな人ってきっとつながると思うの。だから、本が好きな人に見てほしい展覧会、アートが好きな人にオススメしたい本を紹介したい。だけど、わたしは批評家でも評論家でもないから「日記」として綴ろうと思う。きっと体験の周辺も大切。あくまでも、わたしの眼鏡越しなんだけど。

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