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『ミラーワールド』を読む。

ミラーワールド。男と女の立場が、鏡に写したように入れ替わった世界。

年配の女性に人気だというスポーツ新聞には、「男の落とし方!」「こうすれば男は悦ぶ!」という記事が躍り、若い男の子のグラビア写真が並ぶ。(スリーサイズならぬ、フォーサイズ付である)
女は家庭を顧みず外でバリバリと仕事をこなし、家庭内で尊大にふるまう。男は家事と仕事のバランスを採ることを、女から、世間から強いられる。
将来女に養ってもらうことを見据えた男たちは、若いころから見た目に気を使い、「愛されるように」「いいお婿さんになれるように」育てられ、シングルファザーへの風当たりは強い。
年老いて夫に先立たれた妻は、タオルの収納場所すら知らない。
夫婦、ではなく、婦夫と書き、結婚したら夫は妻の姓を名乗り、死んだら妻家の墓に入る。総理大臣は女。
それがこの世界のスタンダートだ。
(夫さんが、妻さんの望むように演じる夜の営みの描写は、ここまで書くか!と思ってしまった。それは公然の秘密なのに……)

現実の事件をなぞらえたような描写もかなり多く、露悪的とも言えるほどのメッセージ性の強さと、あまりのグロテスクさに吐き気すらする。ユーモアなんかない。面白くなんかない。
というかそもそも、”フィクションにするのがちょうど良いくらいの現実の事件”がここまであることに、今更ながら驚愕する。事実は小説より奇なりというが、こうも並べて書かれると、頭がくらくらしてくる。
全部どこかで聞いた話だ。全部どこかで聞いているけれど、私たちはそれが当たり前だと、仕方ないのだと流してしまった話なのだ。この世界を作るのは誰だ、こんな世界にしたのは誰だ。
目を背けたら、私も”そいつら”に飲み込まれてしまうのだと、真向から立ち向かうように、挑むように読み進めた。
読みやすいのに、恐ろしく読みにくい読書だった。

この世界を気持ちが悪いと思うだろう。ホラー小説よりよっぽど恐ろしく、どんなファンタジーよりも奇想天外だ。
でもこの気持ち悪い世界は、趣味が悪いと切り捨てられるフィクションではない。肉体をいたずらに切り刻んで、血がどばどば噴き出すのを笑ってみている殺人鬼のような悪意の塊は、そこら中に潜んでいる。ひょっとしたら、悪意ですらないかもしれない、”そいつら”は常識という仮面をかぶって擬態している。
”そいつら”が切り刻むのは肉体ではない、女たちの希望であり、人間としての尊厳。そして返す刀で男たちの尊厳も、ザクザクと切り付けている。

今私たちが生きる世界をそっくりそのまま写し出す鏡。読んで欲しい、気持ち悪くても、認められなくても、大げさだと笑ってもいい、ただ知ってほしい。きっと変わるはずだから。

プロローグからのエピローグ回収は、唯一胸がスウっとするすがすがしさ。勇気をもって立ち向かい、救いの手を差し伸べてくれた”彼”。一人が気づけば、一人が声を上げれば、未来はきっと変わるのだと作者からぐっと背中を押されるようなエピソード。私も立ち向かいたい、この世界に。

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