自分にも子供にもいつもジャッジばかりしていました
本当の自分を取り戻せば、人生をクリエイトできる!
人生クリエイトサポーター香乃まりです。
「私は自分を大切にしています」
「だから私は大丈夫なんです」
という勘違いを私はしていました。
なぜなら、大切にすることの意味を知らなかったからです。
自己受容とは程遠いところにいた私は、
「自分を大切にしているつもり」でした。
●ジャッジすると自己受容と程遠くなるのはなぜ??
なぜ人はジャッジをするのかというと、
「~するべき」「~しなければならない」
という考えが根底にあるからです。
「~するのが当たり前」だから、
当然~するべきという常識が出来上がっています。
私は、自分自身に対しても子供に対しても
常にジャッジをすることから離れられませんでした。
子供に対して「当然勉強するべき」という
考え方をしていました。
だから、勉強しない子供は
やるべきことをやっていない
そしてイライラしていばかりいました。
勉強して当然という考え
が根底にあり、しないことは常識外れ
だったんです。
自分に対しての「べき」もありました。
・当然家事をするべき
・当然子どもの面倒をみるべき
・当然掃除するべき
「やって当然」、「やるべき」
という考え方をしていて、それができて
いないときに、自分を責めていました。
●ジャッジから抜け出せなかった理由
なぜ私が自分や子どもをいつもジャッジしていたのか、、
というと、
一番は恐れがあるからでした。
自分が決めた「こうあるべき」「ねばならない」
これらを破ることは、何かを恐れているからでした。
例えば、子供が勉強しなければ将来が不安だったし、
家事をまじめにやる母でなければ、
失格だといわれそうで怖かったです。
●どうやってやって当たり前だという固定概念を覆すのか
私は、「こうあるべき」が非常に
強かったので、概念を覆すのは至難の業でした。
「そうはいっても、やらなければならない」
「これをやらなければ、母親失格になってしまう」
いい母親、いい人でありたかったのですね。
まずは、自分が何を求めて、
その行動をやっているのかを客観視し、
自分の内面と向き合うことも必要となります。
実は、子どもに勉強させたいのは、
自分の欲だと気づくかもしれません。
私は本当は子供のために勉強をさせたいのではなく、
自分がいい母親だと思われたかった
というエゴがあったことに気づきました。
そのエゴに気づいたら、
勉強をするのも、しないのも子供の選択に
ゆだねることができるようになりました。
●誰でも簡単に始められる「~べき」の手放し方
長年培ってきた自分の思考の癖は
すぐには変わりません。
そんな時は、ごく小さな目標をたてて
やってみます。
本当はやりたくないけど、
仕方なくやっていることの中から
一つだけやめられそうなことを決めます。
例えば、食器を必ず片づけなければ寝ては
いけないというマイルールがあるとします。
本当は、「誰かに片付けしてもらいたいし、
やりたくない」
その時に、いつもなら当然のように
食器を片付けると思います。
そこで、できることなら
まったく洗わないでそのままにしてみる
ということをやってみるのです。
私は、自分自身で禁止していることを
あえてやってみました。
最初は罪悪感がありました。
でも、なんどかトライするうちに、
自分があえて「やらない」ことを選択してい
ることを誇らしく思うようになりました。
●まとめ
「~するべき」の裏に、本当はどんな思いが隠れているのか、一度自分を観察することも、自己受容には必要となってきます。
ですが、一度に「べき」を手放すことはなかなかできません。
ほんの小さなことから、始めてみることが、大きな前進となります。
やってみなければ、なにも始まらないと思うのです。
自分を愛するために、手放すことを始めてみませんか?
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