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昭和アナクロ・ビジネス周辺〜山本薩夫・映画『不毛地帯』(1976)

 最近、堺市を訪れたこともあり、山崎豊子原作の日本映画『不毛地帯』を見た。監督は山本薩夫氏。1976年の制作である。ほぼ3時間の大作、途中休憩もある。山崎氏は、戦後を代表する社会派作家の一人で、2013年に居住地の堺市で亡くなっている。山本氏も社会派の巨匠。

 原作は有名だが、今の若者で読む人は少ないだろう。ただ、山崎氏の『華麗なる一族』などは最近もテレビで放映されるなど、まだまだ商業価値はあるということか。『不毛地帯』で映像化されたのは、ストーリーの前半部分だけらしい。

 実は、当方も山崎氏の作品は『白い巨塔』以外読んだことがない。このような政治や社会をテーマにする物語は割と好んで読んできたのだが、同氏作品をほとんど飛ばしているとは、我ながら意外だ。

 時代設定は、昭和30年代半ばということらしい。主な題材は、防衛庁(当時の名称)への戦闘機納入に関わる疑獄事件である。登場する社名や人物から、実在の企業、政治家及び商社マンなどを連想させる。しかしながら公式には、フィクションとされている。仲代達矢氏演ずる商社幹部の主人公は、陸軍参謀本部出身。伊藤忠商事の瀬島龍三氏とイメージが重なる。

 内容についてはここまで。いつもの癖で、以下感想をバラバラと。

 まず、映画では、商社活動において大阪のウエイトが大きいことに違和感が。違和感と言っても、よい意味での違和感である。政治家やライバル企業は在東京だから、東京・大阪の2元中継と一見バランスがとれた構造にはなっている。しかし、大阪本社が、世界を相手に取引している描写が当方には不思議に映った。理屈から言えば、主人公が属する総合商社の本社が大阪だから当然で、当時の日本のビジネスの様相はこんな感じだったのかもしれない。ただ、今この手の作品を撮るとすれば、大阪弁の豪快な社長が東京の政治家や同業他社と対等に渡り合う姿にリアリティがあるのかどうか。いずれにせよ、今と違う経済活動の雰囲気を感じられたのはよかった。

 昔の映画を見ていて、しばしばなんとも言えない感慨を覚えるのは、当時の東京や大阪の風景である。あの商店街は母と歩いた、あの電車は父と乗ったなど。まあ、ただの感傷に過ぎないのだが。黒塗りの車が、殺風景な街を疾走する光景が、どこか当時の人々の心象風景を表しているように思える。

 昭和期の映画の特徴として、俳優の重厚さがよい。仲代達矢をはじめ、田宮二郎、山形勲、神山繁、大滝秀治、高橋悦史、井川比佐志……。一流揃いというか、ツワモノばかりというか。セリフが聞き取りやすく、爽快である。背広の着こなしが現代と明らかに異なることに苦笑。

 女優陣も、少数派ながら豪華である。八千草薫、藤村志保、秋吉久美子。いずれも熱演。美貌、品位が際立つ。和服姿が好ましいが、一方、年を追うごとに、キモノには懐かしさと同時に違和感が増している。

 男女差別的セリフも思い切り吐かれる。「女は男の仕事に口出しをしてはならない」というアナクロ的発想。仕事と家の狭間で男が苦しみ、家庭内で暴れる姿も。企業戦士の我が父にもそんなことがあった。

 ところで、今、昨年話題となった韓国ドラマ『夫婦の世界』を見ている。1976年制作の『不毛地帯』と相通ずる部分がある。特に、男性の振る舞いが似ている。韓ドラや映画では、男性俳優がキレて暴力をふるう場面が目立つ。あっ、そろそろ暴れるなというところが視聴しながら予測できる。昔の日本映画でも、よく夫が妻を殴ったり、皿を投げたりする。『不毛地帯』でも主人公が荒れる。昭和30年代の設定だから、制作時の1976年の日本はもう少し進んでいたかとは思う。それにしても、私見ながら、昭和の時代的雰囲気を醸し出す韓ドラ『夫婦の世界』が、著しく進歩したはずの現代日本で受け入れられているとすれば、これまた不思議な現象である。少なくとも、我が家ではけっこうウケているのだが、ちまたの評判はどうなのだろうか。

 『不毛地帯』に戻る。

 監督の山本薩夫氏は、『戦争と人間』などの大作で知られている。社会正義や反戦をテーマにするものが多く、深刻な内容は今の若者にはピンと来ないかもしれない。しかし、『不毛地帯』の政治家の描写などでは、監督が意図せざるものとはいえ、思わず笑ってしまった箇所もある(特に、閣僚級の政治家の会議の場面)。

 主人公の壱岐正氏はシベリア帰りである。軍事の専門家という経歴を買われての商社マン転身。入社に際し、社長は壱岐氏に対して、「戦争と商売には共通するところがある」と説く。主人公とイメージがダブる実在した瀬島氏が、政治家との深い関係を築きつつ、大商社のトップに昇り詰めるのは周知の事実。

 当方の亡祖父もシベリア帰り。もう50年近く前になるが、東京から故郷に戻って急逝。少年の眼には、寂しい最期に映った。

 

 

 

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