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在野研究一歩前(22)「読書論の系譜(第八回):澤柳政太郎編『読書法』(哲学書院、1892)⑧」

前回に引き続き、澤柳政太郎編『読書法』(哲学書院、1892)の「読書論」について見ていきたい。今回は「第八章」の内容である。

「第八章」(該当ページ:P63~71)↓
「讀書法中最良のものを撮要法及ひ分解法となす、此の法たる一方に於ては思考の力を進め他の一方に於ては記憶の力を助くるものにして、書籍の大要を明にし後日の參考に益すること少しとなさす、抑々撮要法とは讀書の際又は讀了したる後其要領を撮録し以て意義を明瞭にし又他日の參考に供するものを云ふ盖し書中叙述する所の大躰を明にし章節の關係を知らんとすれは唯一び讀過するを以て足れりとせす、今撮要法によるときは能く書中述ふる所の大要に通し前後の關係を明にし兼ねて後日の參考に資することを得べし」(P63)
⇒前回確認した第七章では、「読書」の内容をきちんと掴み、記憶しておくための方法として、「謄寫法」「暗記法」を取り上げた。その二つの方法に対して、澤柳は批判的な見解を示していたわけだが、今回は最良の方法として「撮要法」「分解法」が示される。
 「撮要法」とは、「謄寫法」のように本文をまるまる書き写すのではなく、本文の内容を要約して記録していく方法である。「要約」という作業は本文の内容を理解していく上で大変有意義で、記憶にも残りやすいと言えるだろう。

「分解法とは瞭然一目の下に全篇の構成論述の關係を現さんか爲めに其要領を一表に掲記するを云ふ」(P64)
⇒次に「分解法」であるが、これは「撮要法」のように「要約」したことを文章化するのではなく、「表」に纏める方法である。

「殊に議論高尚にして事實錯厖せる害籍を明瞭に理解せんとせハ此法を措て他に良法あらさるべし」(P64)
⇒議論が複雑で内容が掴みにくい書籍を理解するうえでは、「分解法」による「表」作りは有効である。

「何人と雖も初めて撮要を作り分解表を製するや拙劣なるを免れす」(P65)
⇒「撮要法」と「分解法」に共通することは、ある程度の「要約」する力が求められるということであり、これは初学者には難しい作業である。

「此法を始むるに當り注意すへきは細密に渉らす簡略を主として大要を擧くること是れなり、若し精密なるものを作らんとするときは多く時間を費すのみならす繋雜に失して反て參按の用に堪へさるべし」(P66)
⇒「撮要法」と「分解法」においては「要約」が必須であるが、その「要約」は簡略なものを心掛けるようにする。そもそも「要約」というのは、細かい部分を削り落とし「核」を描くことに重点が置かれているため、へんに精確さに拘って時間を消費する必要はない。

「哲學者ホッブス氏はアリストートルの著書に就き其撮要を作ることを力め大に智力の修練に効ありしと云ふ」(P66~67)
⇒ホッブズはアリストテレスの著書を学ぶ際、「撮要法」に取り組んでいたとする。

「其一、著者の意義を作せんと欲して其字句に拘泥するときハ反て其眞義を失ふこと有ること、
 其二、書籍の眞意を領會し盡くせりとなし其撮要又ハ分解表を作るに當り少しも著者の言語文字を用ゐすして遂に著者の眞義を失ふに至ることあること」(P67~68)

⇒ある書籍を通じて著者が主張したかったことを「要約」しようとするとき、本文の「内実」は重要であるけれども、「文面(字句)」に拘泥する必要はない。言い換えると、著者の使用する言葉を用いなくても、書籍の内容を「要約」することは可能なのだ。

「書中紙面の欄外(洋書に於てハ側傍)に主要の點を表記し或ハ鉛筆の類を以て緊要の個所に圏點を附するの法これなり、此法ハ撮要法に比し繁に過くるの憂ありと雖も他日參考引用の資に便なること少しとせす」(P68)
⇒「撮要法」「分解法」以外には、各ページの本文の周辺にある空白にメモをとるという方法が示されている。この方法は、現在でも頻繁に行なわれていると言える。

「因に云ふ撮要法の好模範とするものは公刊の書冊中米にこれあるを見ず、其分解法に就ては文學士千頭淸臣氏がフォーセット夫人著經濟學に就て作りたるものあり、經濟學一覧表として世に行はる、此表少しく詳細に失するかの恐れあれとも亦以て分解法の好模範とするに足らん」(P70~71)
⇒「分解法」の模範例として、千頭清臣の「経済学一覧表」があげられている。千頭清臣は、明治時代の教育者、官僚。東京第一高等中学校(一高)教授、二高教授、栃木・宮城・新潟・鹿児島各県知事、貴族院議員などを務めた。また、三宅雪嶺らと国粋保存運動に取り組んだことでも知られる。
 ちなみに千頭が「分解法」によって理解を深めようとした書籍の著者・フォーセットとは、自由党議員ヘンリー・フォーセットの夫人で、英国の婦人参政権運動家としても活躍した経済学者である。同時代に「戦闘的な婦人運動」を展開していたパンクハーストらとは異なり、「穏健な婦人運動」を指針として「婦人参政権協会全国同盟」の結成に尽力した。前者の運動は「サフラジェット」、後者は「サフラジスト」と呼ばれている。

以上で、「在野研究一歩前(22)「読書論の系譜(第八回):澤柳政太郎編『読書法』(哲学書院、1892)⑧」」を終ります。お読み頂きありがとうございました。

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