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おかえり

 大学で哲学を学ぶ、年下の友人が、自宅に遊びに来る。話が大いに盛り上がっていたので、泊まっていくよう勧めると、「ありがとうございます!」と笑顔が返ってきた。
 彼は大学一回生で、四月から一人暮らしを始めたばかり。初めてのこと尽くしで、それをやりこなすだけで、日々が溶けていく。人の家に泊まるような暇もなかったようで、今回が初の外泊となった。
 いますぐお礼がしたいです、と言ってコンビニに出かけていく。「ただいまです!」と戻ってきた彼の手には、それなりに詰まった袋が握られていた。何が入ってるのと訊ねる前に、机の上に買ってきたアイスが並べられていく。全部で八個あり、種類はバラバラである。四人暮らしの家庭に買って帰るならともかく、二人で食うには多すぎだ。
 自宅の冷凍室は、アイスでいっぱいになった。

 友人はパナップのグレープパフェ、私は爽の練乳いちご味、を食べながら、談笑を続ける。冷たさからくるツーンとした刺激は、蒸し暑い夜にあって心地よい。
 大学生活はどんな感じ?、というテーマに話が移ると、日頃溜め込んできたものがあったのか、大学の講義に対する不満がとまらない。期待値と現実のギャップを突きつけられて、失望真っ最中といった感じである。

 一人暮らしの中での気づきについても、話してくれた。強調するように、何度も口にしていたのが、「ただいま」「おかえり」の話である。
 家で誰かが出迎えてくれることも、家にいて誰かを出迎えることもないから、すっかり「ただいま」「おかえり」を使わなくなってしまいました。時々、つい昔の習慣から、「ただいま」と口にしてしまうことがあって。とても寂しい気持ちになりますね……。
 口調があまりに染み染みとしていたため、思わず笑ってしまう。この笑いが共感から生まれたものであることを示すために、私は本棚から一冊の詩集を取り出して、見せた。

「家には誰もいなかった
 タンスにも
 屑籠にも冷蔵庫にも
 いなかった
 ただ
 いなかった だけがいて
 迎えてくれる
 おかえりなさい
 ぼくは黙って服を脱ぐ
 それから
 小さなテーブルに向き合って
 ぼくと
 いなかったとの
 食事が始まる」
『高階杞一詩集』角川春樹事務所、P29〜30)

 こういう詩を、ぱっと思い出して紹介できるぐらいには、私も「ただいま」「おかえり」について考えることがある。
 「同胞ですね」。友人はそう口にすると、サッと腕を伸ばして、私に握手を求めてくる。「大袈裟やねー」と反応するが、別に悪い気はしない。求めに応じて、握手をした。




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