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『古事記』と『日本書紀』が“ほぼ”同時に生まれた理由とは?──編纂者・太安万侶没後1300年で迫る成立の謎

神道学者・三橋 健 編/ウェッジ書籍編集室 文

今年で『古事記』の編纂者であるおおの安万侶やすまろが没後1300年を迎えます。『古事記』にひもとくと、第10代崇神すじん天皇の時代に疫病が大流行し、多くの人が死に絶えようとしたのを憂え嘆いた天皇は、三輪山の大物主大神を正しく丁重にまつることにより、疫病はすっかりやみ、国家は平安となったとあります。
令和に入り、私たちはコロナの猛威にさらされ続けてきましたが、ようやく行動制限がとかれ、マスク着用も個人の判断が基本となりました。コロナ収束ともいえるような状況のいま、あらためて『古事記』などの神話を読む意義はどこにあるでしょうか。
この連載では、古事記に秘められた聖地・神社の謎(神道学者・三橋健 編、ウェッジ刊、2023年7月20日発売予定)の一部を再構成するかたちで、『古事記』にまつわる謎を取り上げます。1回目は『古事記』と『日本書紀』の成立年が“ほぼ”同時である理由に迫ります。

古事記に秘められた聖地・神社の謎
(三橋健 編)

成立年が近い『古事記』と『日本書紀』

『古事記』は、『日本書紀』と並んで日本神話および日本古代史に関する最も基礎的な資史料であり、この二書はしばしば「記紀」と総称され、神道では聖典視されてきました。

では、両書は正確にはいつ書かれたのでしょうか。

まず『古事記』について見てみると、その成立年を知るうえで有力な手掛かりとなるのが、巻頭に置かれた編纂者・太安万侶による「序」です。

奈良県磯城郡にある小社こもり神社の祭神である太安万侶の坐像(三橋健氏所蔵)

それによると、『古事記』の編纂を最初に命じたのは天武天皇(在位673~686年)で、天皇は正しい歴史を世に伝え残すべく、稗田阿礼ひえだのあれに「帝紀ていき」と「旧辞きゅうじ」の誦習しょうしゅうを命じました。「帝紀」も「旧辞」も伝存しないので詳細は不明ですが、天皇の系譜や神話・伝説・歌謡などを書き記した文献だろうとされています。

「誦習」については、テキストを声に出して読むことだとする説もあれば、暗誦のことだろうとする説もあります。いずれにせよ、すでにテキスト化されていた神話・伝説の類いを、記憶力がとびきり優れていたという稗田阿礼に改めて口でとなえさせて整理し、それをもとに体系的な史書を編纂しようとしたということでしょう。

序の続きによれば、この修史事業は天武天皇の崩御によって頓挫してしまうのですが、和銅4年(711)、天武天皇の姪にあたる元明天皇(在位707~715年)の命によって官人の太安万侶が編纂作業を再開し、翌和銅5年の正月にそれが完成したので、天皇に献上されました。つまり、序にもとづけば、『古事記』の成立は奈良時代の和銅5年(712)となります。

『御歴代百廿一天皇御尊影』より「元明天皇」(国立国会図書館)

一方、『日本書紀』は「序」がありませんが、成立年が養老4年(720)であることははっきりしていいます。奈良時代の正史『続日本紀しょくにほんぎ』の同年五月二十一日条に、天武天皇皇子の舎人親王とねりしんのうが勅を奉じて『日本書紀』を編んで元正天皇に奏上したことが明記されているからです。

「序」からうかがえる『古事記』の成立年

それにしても、なぜほぼ同時代に『古事記』と『日本書紀』という似通った内容をもつ書物が編まれたのでしょうか。この問題については従来、「『古事記』は国内向けのローカル系の史書として、『日本書紀』は国外(東アジア諸国)向けのグローバル系の史書として編まれた」というふうに説明されてきました。

しかし、近年では『古事記』冒頭の「序」を、信憑性を高めるために後世に偽作されたものと考える説が注目され、和銅5年という成立年を疑問視したり、本文部分を推古朝に編纂されたものの散逸したとみられてきた史書『天皇記』と関連づける説も出されています(関根淳『六国史以前』)。

寛永21年(1644)に刊行された『古事記』の「序」(国立国会図書館)

『続日本紀』の和銅五年条に『古事記』完成に関する記述がないことや、『古事記』本文の記述が推古天皇の代までで終わっていることは、こうした見方を裏づけているようにも思えます。

とはいえ、『古事記』の本文部分については、内容・用字などの点から、『日本書紀』に先行して8世紀初頭までに成立していたことは間違いないでしょう。『古事記』が日本神話や日本古代史を知るうえできわめて貴重な書物であることには変わりはないのです。

――『古事記』成立の経緯については、古事記に秘められた聖地・神社の謎(ウェッジ刊、2023年7月20日発売予定)の中で古事記ゆかりの舞台とともに詳しく触れています。ただいまネット書店で予約受付中です。

◎本書の目次
第1章 神話を歩くⅠ
 コラム 『古事記』成立年の謎
第2章 神話を歩くⅡ
 コラム 常世国とはどこか
第3章 古代天皇の足跡Ⅰ
 コラム 『古事記』と伊勢神宮の謎
第4章 古代天皇の足跡Ⅱ
 コラム 「天香山」はなぜ低山なのか

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