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土井善晴先生、熊本名物「太平燕」をつるりと味わう!
熊本で愛されている太平燕は、あっさりスープの春雨麺。大陸との交流を感じさせる、その味わいとは?
料理研究家・土井善晴さんの月刊誌「ひととき」での人気連載「おいしいもんには理由がある」の書籍化を記念して、「ひととき」の最新号から特別に転載いたします。
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土井善晴 著(ウェッジ)
熊本の町は初めてです。興味津々、そうなると、否も応もなく町並みと人が織り成す景色が目に飛び込んできて、これまで訪ねてきた旅の経験と重ね、オートマチックに町の雰囲気を読み取ろうとする。そして、何かしらの面白さを発見すると、町に対する印象は、好感に変わるのです。
熊本の印象は、よく維持された昔ながらの家並みに混じってすっきりとモダンな建築も建ち並ぶ。古いものにセンスよく手を入れたお店がポツンポツンとある。おしゃれなヤングが目立つ。出勤する人の姿に、若者が仕事する姿に、町のやる気を感じるなあ。世代を超えて、健全な新陳代謝ができているように思います。
路面電車が走る道路に出た途端、正面に熊本城が現れました。やたら大きく見えました。まっすぐ長く延びる、角がキリッとしたお堀に面した石垣。重厚な石でさえ、すっきり軽やかです。これぞ築城の名手と知られる加藤清正の真骨頂。お堀の内側にある大木を見上げて歩いていたら、清正公をお祀りする加藤神社がありました。この町に住み、毎日、お城を見ている熊本の人は、お城にも見守られているのだろうな。お城は熊本の物理的な中心のみならず、きっと精神的な支柱にもなっているように思います。自然災害にめげず、城内や周囲がきれいに手入れされている様子を見ても、市民の熊本愛が感じられて、ずっと大切にされてきたことがわかります。
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熊本名物、太平燕とは?
さて、中国・福建省沿岸あたりに船を浮かべれば、九州の西岸はほど近い。古くから、中国の人たちとの交流があり、さまざまな大陸文化や最先端の技術が渡ってきたところ。稲作や鉄の道具もそうですが、五島列島に伝わった「手延べそうめん」、宮崎の山間部に残る茶葉を鉄釜で直に炒り上げる「釜炒り茶」もそうでしょう。また、彼らは欧米との付き合いの浅かった日本人の水先案内人となり、西洋と結ぶ架け橋にもなっていたのです。
今回の目当ては、「太平燕」、熊本にしかないという中国料理です。ところで、そろそろ時分時、太平燕を経験するべく、中心部のアーケードにある「紅蘭亭 下通本店」にやってきました。
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「んっ、スープに深みがある」。これに麺が入っていたら「ラーメン」、お隣の長崎の「ちゃんぽん」になるのかなあ。太平燕には、小麦で作った麺ではなくて、緑豆で作られた「春雨」が入っていたのです。だからあっさりと軽いのですね。中華そばでなく、すこぶるうまい春雨スープでした。
紅蘭亭では、太平燕はコース料理の一品でした。前菜の冷菜(ゆで豚、クラゲ、小柱胡瓜、塩炒りピーナツ)に次いで出されました。これはスープの位置付けですね。続いて、エビのチリソース、若鶏の唐揚げ、少し大きめのしゅうまい、酢豚、軽い焼き飯、そしてデザートに杏仁豆腐です。お料理は、どなたを招いても安心して喜ばれる、奇を衒わない定番のメニューを、すこぶる丁寧に調理されたものでした。「ここではお客様が主役です。どうぞご家族で良い時間を過ごしてください」という店主の声が聞こえてくるようでした。
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食後、精悍な印象の社長・葉山耕司さんに、「なぜ春雨なんですか? なぜゆで卵がついているのでしょうか」と尋ねたら、華僑のいろいろな物語を教えてくれました。
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結婚式や長寿を祝う人生の節目に、縁起の良い長い麺を打って、ゆで卵を丸ごと入れて食べることがあるそうです。太平燕の「燕」の文字を考えると、不老長寿と言われる珍味「燕の巣」にも通じますが、風を切り気持ちよく飛ぶ燕の姿に願いを重ねたのでしょう*。
*太平燕の名称の由来については、「燕の巣のスープを模した」、福建省の「燕皮」という肉団子スープから「燕」の字を拝借したなど、諸説ある
実は、和食にも「巣ごもり」という料理があって、そうめんやたまご麺を鳥の巣に見立てて、うずら卵を添えるもの。つまり、子孫繁栄を願う心が込められたお祝いのお料理。華僑たちが立派なお城のある熊本に集まって円卓を囲み、懐かしい緑豆春雨の入った太平燕に喜びも願いも込めて良き時間を過ごしたことでしょう。
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店舗は熊本屈指の繁華街「下通アーケード」にある
翌日、熊本で国産の春雨を作る西日本食品工業さんを訪ねました。ここでは2種類の春雨を取り扱っています。ふつう私たちが知っているのは、「春雨サラダ(三杯酢)」「春雨のたらこ和え」になる中国産の緑豆春雨です。一方、国産の春雨というのは、主原料は九州産のさつまいもで作られた芋澱粉の春雨です。そういえば、韓国産のモチモチ腰の強い乾麺は黒みがかっていて、あれも春雨の一種。「春雨」とは言い難いかもしれませんが、そもそも春雨というきれいな呼び名は日本語だそうです。社長の長田和也さんに工場を案内していただきました。
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社長の長田和也さん(左)。おいしく安全な春雨づくりに、真摯に向き合う
芋澱粉と水を合わせて溶き、水切りしたペースト状のものを穴の開いた容器に入れ、巨大なシャワーのようなノズルを通して自然落下させて、92度の湯に落としていきます。上から圧力をかけて搾り出すのではなく、自然に落とすことで、芋の分子が素直につながる麺ができるそうです。
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目を近づけてよく見るとモロモロしているようですが、これがスープによく絡まり、食感も程よく、軽やかでしかもモチモチした春雨になるそうです。5分ほどで火が入り、湯切りしたものを適宜切り、干し竿に通して、冷凍庫で凍らせて乾燥させます。乾物になる前の生まれたばかりの春雨を食べると、澱粉の匂いがして風味も食感もいい。この「釜揚げ春雨」で太平燕を食べてみたいと思うほどでした。
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国産の芋澱粉の春雨を使った太平燕があるという、地元で人気の中国料理「会楽園」を訪ねました。忙しい合間に、親切にもオーナーの薛博之さんが太平燕の一連の調理をカウンター越しに見せてくれました。
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細切れの白菜は油で炒めず、チキンスープに直入れ。おろしニンニクを加え、煮立ったところにあらかじめ戻しておいた春雨を入れて、塩と白醤油で味を調える。ラーメン鉢に盛り、エビと卵を添えて出来上がりと実にシンプル。あえて油脂を使わない。しかし、モチモチした腰のある春雨にふさわしい濃厚スープ、ローカロリーで断然ヘルシーなのに大満足の太平燕でした。
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文=土井善晴 写真=岡本 寿
出典:ひととき2023年9月号
◇◆◇ 土井善晴先生の新刊 ◇◆◇
『おいしいもんには理由がある』
土井善晴 著(ウェッジ)
2023年8月19日発売
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NHKの「きょうの料理」などに出演する料理研究家の土井善晴さんが「地球とつながる食文化のを訪ねる旅」のために全国各地を訪れます。土井さんが“聖地を訪れるような旅だった”と言う月刊「ひととき」の連載が一冊にまとめられました。ぜひご一読ください。
▼ご注文はこちらから
<本書の目次(一部)>
一子相伝、江戸の佃煮[東京都台東区]
赤福餅と伊勢参り[三重県伊勢市]
南蛮渡来の甘いもの[長崎県長崎市・平戸市]
豊饒の美味、琵琶湖[滋賀県大津市・草津市・近江八幡市]
吉兆と湯木貞一の美学[大阪府大阪市]
百万石の加賀料理[石川県金沢市]
日高昆布は万能昆布 [北海道幌泉郡えりも町]
瀬戸内・国産レモンの島[広島県尾道市瀬戸田町]
香気とうま味の奥八女茶[福岡県八女市星野村]
日生湾のふっくら冬牡蠣 [岡山県備前市、和気町]
古式作りの讃岐和三盆[香川県東かがわ市、高松市]
出羽、芽吹きの山菜[山形県西川町、鶴岡市]
紅蘭亭 下通本店
熊本市中央区安政町5-26
☎096-352-7177
[営業時間]11時〜21時(L.O20時)
[休]年末年始
https://www.kourantei.com/
西日本食品工業
春雨製品は一部スーパーなどのほか、下記のオンラインショップで購入可能
https://hakuchou.co.jp/product/
会楽園
熊本市中央区新町2-7-11
☎096-352-2844
[営業時間]11時30分〜14時30分(L.O14時)、17時~19時30分
[休]月曜、第2・4・5火曜
土井善晴(どい よしはる)
1957年、大阪府生まれ。料理研究家、十文字学園女子大学特別招聘教授。NHK「きょうの料理」に出演。『一汁一菜でよいという提案』(新潮社)など著書多数。最新刊は当連載をまとめた『おいしいもんには理由がある』(ウェッジ)。
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