【展覧会ルポ】「運慶 鎌倉幕府と三浦一族」の見どころをご紹介!(横須賀美術館)
運慶は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した有名な「仏師」で、鎌倉幕府と密接に結びつくことで活躍したことが知られています。運慶が彫ったとされるものは31体現存すると言われており(※他説あり)、奈良興福寺や、東大寺、高野山金剛峯寺などの仏像が有名ですが、関東にも運慶作とされる仏像があります。
三浦半島は鎌倉時代、有力武士・三浦一族の領地でした。三浦氏は、為通が源頼義から相模国三浦郷を与えられたのが始まりとされ、三浦半島には三浦氏ゆかりの寺院が数多くあります。近年は、鎌倉幕府において重要な地位を占めていた三浦一族の造仏に、運慶が深く関わっていたことも明らかにされつつあります。
本展では、運慶作といわれる仏像が5体も祀られている横須賀の「浄楽寺」から、不動明王像と毘沙門天像の2体が出展されています。『マンガでわかる 天才仏師! 運慶』(JTBパブリッシング)という本を描くほど運慶好きな私にとって、まさに心躍るような展覧会です。ほかにも、横須賀市内の寺院に点在する仏像22体が一堂に会する貴重な機会です。(7/31までしか展示されない仏像もあります)。
それでは、本展の見どころをご紹介していきましょう。
89歳で討死した三浦義明
1180年、源頼朝は伊豆で挙兵、石橋山(現小田原市)で平家と戦いました。駆けつけるはずだった三浦一族が暴風雨で足止めを食らっている間に頼朝は敗退、船で千葉に脱出します。頼朝の敗走を知った三浦一族は三浦半島へと引き返しますが、その後、居城である衣笠城を攻撃されます。一族を率いる三浦義明は、次男の義澄らを逃し、自身は衣笠城に残り討死しました(享年89歳)。
頼朝は義明の17回忌に法要を営み、「義明はまだ心の中で生きている」と遺族に語ったとされます。そのため17回忌まで生きたことにしようと、89歳+17=106歳で、「百六つ義明」と呼ばれるようになりました。
満昌寺は、三浦義明を弔うために創建されたお寺です。この像は等身大で、小さな冠をつけ、ゆったりとした衣をつけた衣冠束帯の姿です。89歳と高齢なので、シワもあり横から見ると首をつきだした猫背ですが、左右に大きく広げた袖や、とがった顎鬚に威厳が感じられます。
運慶作の不動明王立像と毘沙門天立像
浄楽寺は、運慶作の仏像が5体も安置されているお寺です。本展ではそのうちの2体、不動明王立像と毘沙門天立像が出展されています。
浄楽寺は、寺伝によると文治5年(1189)に源頼朝が父・源義朝の菩提を弔うために創建した「勝長寿院」(鎌倉市雪ノ下)が、建永元年(1206)の台風により破損。それを機に和田義盛と北条政子が、現在の地(横須賀市芦名)に移したとされます。
運慶作の不動明王立像、毘沙門天立像の胎内から発見された仏像の魂である月輪型銘札も、展示されています。
月輪型銘札には「文治五年己酉三月廿日庚申 大願主平義盛芳縁小野氏 大佛師興福寺内相應院勾當運慶小佛師十人 執筆金剛佛子尋西淨花房」と記載されており、この仏像の、1189年(文治5年)に運慶と10名の小仏師*が造り、発願者は平〈和田〉義盛と芳縁〈妻〉小野氏であることがわかります。
矢請けの毘沙門天
横須賀市大矢部にある清雲寺は、三浦義明の父である義継が、その父である為継のために建立したお寺です。その清雲寺の元本尊であった毘沙門天立像。
頬が張り、子供のような幼いお顔。頭の兜は、取り外すことができます。腰を捻り、手には宝塔と三叉戟を持ち、裸足で邪鬼を踏みつけています。和田合戦*の際、和田義盛を守るため敵の矢を受けとめたという伝説があり、「矢請けの毘沙門天」とも呼ばれています。
自らの姿を観音菩薩に
満願寺は、佐原義連の創建とされるお寺です。義連は三浦義明の息子で、源義経に従い一ノ谷の戦いに参加、「鵯越の逆落とし」で真っ先に駆け下りたとされる武将です。
満願寺には2mを超える観音菩薩立像と地蔵菩薩立像、約1.6mの横須賀市指定文化財の不動明王立像と毘沙門天立像が祀られています。今回はその4体すべてが出展されています。
満願寺の観音菩薩立像は像高224.2cm。地蔵菩薩立像は203.7cm。観音菩薩立像は、佐原義連が19歳で平家追討に参戦する際、自身の姿を彫らせた像と伝わっています。高い髷や、張りのある若々しい頬は、運慶作のほかのお像と似ていますが、衣がややシンプルで運慶の作風とは異なるように見えます。運慶に近い人の作で、運慶工房で作られた像だと考えられています。
また、満願寺で行われた発掘調査では、源頼朝が建立した永福寺の跡地(鎌倉市二階堂)で出土したものと同じ瓦が出土したそうです。永福寺は、鶴岡八幡宮、勝長寿院とならんで当時の鎌倉の三大寺社の一つです。
満願寺の造営には、鎌倉幕府が深く関係したことが考えられ、頼朝が三浦義明を供養するために発願した阿弥陀堂を前身とする可能性が高いと指摘されています。また、この観音菩薩立像と地蔵菩薩立像を脇侍として、中央には大きな阿弥陀如来坐像が祀られていたのではという説もあります。たしかに、観音菩薩立像はやや右を向き、地蔵菩薩立像はやや左を向いていることからも、信憑性が感じられます。
ほかにも、普段は金沢文庫に委託されている曹源寺の十二神将立像や、大善寺の天王立像、常福寺の不動明王立像及び両脇侍立像、無量寺の聖観音菩薩坐像(7/31まで展示)など盛りだくさんの展示です。
なお、この展覧会は、神奈川県立金沢文庫(2022年10月7日~11月27日)に巡回されます。横須賀美術館では「三浦一族」に重点が置かれた展示内容になっていますが、金沢文庫では「鎌倉幕府」に重点を置いた展示内容になるそうです。
文=田中ひろみ
▼展覧会関連トークイベント
▼田中ひろみさんのご著書
◉『東京・鎌倉仏像めぐり』
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◉『東海仏像めぐり』
仏像というと、京都や奈良、鎌倉といったイメージがありますが、
じつは東海エリアも仏像大国。仏像初心者の方も、仏像がお好きな方にも楽しんでいただけるよう、イラストとエッセイでわかりやすく解説。これからの時期、本書を片手にぜひ東海地方へ。
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