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死を見つめた先に生まれる世界|対談|小澤實×モモコグミカンパニー(BiSH)#2

俳人・小澤實さんが芭蕉が句を詠んだ地を実際に訪れ、俳人と俳句と旅の関係を深く考え続けた二十年間の集大成芭蕉の風景(上・下)(ウェッジ刊)が、好評発売中です。
そこで、俳句の魅力、芭蕉の魅力、旅の魅力について小澤さんと3人のゲストが語る対談をお送りします。お二人目は、“楽器を持たないパンクバンド”BiSHビッシュのメンバーで、来月初めての小説御伽の国のみくるを出版予定の、モモコグミカンパニーさん。
今回は、お互いの死生観にまで深く踏み込んで語り合います。

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≪お知らせ≫
小澤 實 著『芭蕉の風景(上・下)』が、第73回読売文学賞で随筆・紀行賞を受賞しました。おめでとうございます。小澤さんはご自身の句集『瞬間』で第57回読売文学賞詩歌俳句賞を受賞して以来、二度目の受賞となりました。

芭蕉にかれ続けて

モモコグミカンパニー(以下、モモコ):『芭蕉の風景』は、下巻の最後が、松尾芭蕉が亡くなる直前の句で、芭蕉の人生が最期まで書かれていました。芭蕉のすべての俳句を辿たどられたんですか?

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小澤:芭蕉のすべての俳句は千句弱あります。さすがにそのすべては辿れてはいません。しかし、芭蕉の旅は、ほぼ辿ったといってもいいかもしれません、例外はありますが。

モモコ:いつごろから、そんなに松尾芭蕉に強く惹かれるようになったんですか?

小澤:大学生のときからです。信州大学で国文学を勉強していたんですが、東明雅ひがしあきまさという国文学者に師事しました。演習で『おくのほそ道』を読んだんです。その時のテキストがこの本です。ボロボロになっても、テープを貼って、ずっと使っています。

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モモコ:いまも持っているんですね!

小澤:大学院で師事した尾形仂おがたつとむ先生の著書でもあり、大事な本です。これが『芭蕉の風景』への第一歩でした。まだ『おくのほそ道』の深い魅力まではわからなかったけれど、何かガツンとしたものを感じて。その東先生が月に一回、連句れんくの会を開いていました。連句とは、五七五音の俳句に七七音の付句つけくを付け、その後ろにまた五七五音の付句を付けて、というものです。これを三十六句続ける「歌仙」を月に一回巻いていました。歌仙を行うことを「巻く」と言うんです。

連句の席の先生は、演習の教室の先生とは別人のように優しかったんです。一升瓶でお酒も注いでくださった。それがうれしくて、毎月通うようになりました。そして連句の第一句目である俳句も作るようになりました。また、歌仙の名手だった芭蕉にも興味を強く持ちました。そして、卒業論文は芭蕉の無季の句について書くことになりました。

モモコ:無季の句?

小澤:芭蕉の俳句に、季語を含まないものが九句あって、それを調べて書きました。この本でも、三重県四日市市の杖衝坂つえつきざかのところで紹介しています。

徒歩かちならばつえつき坂を落馬かな 芭蕉

『笈の小文』所載。日本武尊やまとたけるのみことが疲労のため杖をついて歩いたという坂を、馬を借りて上ったら、鞍がひっくり返り馬から落ちてしまったという句意[上巻184ページ]

普通は、季語があるのが俳句の約束なのですが、芭蕉はそういうものを取り払ったところで作ってみるということをしている。すごいな、面白いなと思って、卒業論文で書いたんですけど、そこから始まったものが、この本の中の杖衝坂につながっている。感慨深いです。

モモコ:ずっと芭蕉の軌跡を辿ってきて、断念しそうになったこと、心が折れそうになったことはないんですか?

小澤:ないです。楽しみでしょうがなかったし、むしろ辞めたくなかった。

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擬死再生の先に見える世界

小澤:モモコさんの『きみが夢にでてきたよ』(SW)はコロナ禍の最中にファンと一緒に作った本ですよね。僕も俳句の会を運営しているので、仲間に支えられていることの強さをあらためて感じて、胸に迫るものがありました。

モモコ:ありがとうございます。この本は、現在進行形で、ファンの人にコメントをもらいながら書いていったんです。「わたしはこう思っているけど、あなたはどう思っている?」というやり取りを重ねて……外に出られないときに、逆に心と心が通じ合って、シンクロできた。わたしの書いた言葉には、そこまで重要なものはないかもしれないですけど、ファンの人とやり取りしながら作ったことに価値のある本だと思っています。

小澤:「死」のことを書かれていましたよね。とても重い文章でした。

モモコ:「死ぬ死ぬ詐欺」の章ですね。こんな仕事をしていて、「死にたい」なんてファンに言うのは、まずご法度です。伝えるのは勇気が必要でした。

毎日を生きていく上で、希望や期待を持っていなければ絶望や幻滅を感じることはないのだとわたしは思う。(中略)つまり、わたしの「死にたい」という突発的な衝動の裏側には、それと同じくらいの生命力が宿っているらしい。ただ、この衝動が身体を蝕んでいる間は、そのことになかなか気づけない。だから、わたしは何度も同じことを繰り返すことになる。あと何回死ぬ死ぬ詐欺をしてこのことにまた気づかされるのだろうか。
――『きみが夢にでてきたよ』死ぬ死ぬ詐欺 より

でも、書いたら貴重なコメントがたくさん返ってきて、みんな戦っているんだな、わたしのことを大切に思って応援してくれているんだなって、知ることができた。すごく救われて、以後の活動にも自信が持てるようになりました。

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小澤:モモコさんがファンの方たちと共に変わっていったことが、本から読み取れて、すばらしいなと思ったんです。芭蕉にとっても、生死を見つめることは大事な経験でした。『おくのほそ道』の旅の途中、出羽三山で山巡り*を行うんですよね。

*出羽三山巡り:出羽三山は、羽黒山はぐろさん(414m)、月山がっさん(1,984m)、湯殿山ゆどのさん(1,504m)の総称で、山岳信仰「羽黒修験道」の行場として知られる聖地。羽黒山は現世(現在)、月山は死後の安楽と往生(過去)、湯殿山は生まれかわり(未来)の山と見立て、三山を巡礼することでけがれをはらい、新たな魂として再び「生」を得る、擬死再生をはたす霊山として信仰される。

芭蕉は、修験者とともに、氷雪の月山を何十キロも歩いて苦行に励み、新たな魂を宿して湯殿山に下りました。連載時の都合もあって、僕は羽黒山までしか行けなかったのですが、芭蕉が、高僧に求められて短冊に書いた「三山巡礼の句」は、死を経て新しい命が生まれるということを表現した、とても重要な俳句です。

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涼しさやほのづき羽黒山はぐろやま 芭蕉

羽黒山の空にうっすらと三日月が見えている。その清らかな月を見上げていると、心から涼しい気分になるという句意[下巻87ページ]

雲の峰幾つ崩れて月の山 芭蕉

峰のようにそそり立つ入道雲が幾つも湧いては崩れていった。その後に、この月光に包まれた月山が生まれたのだろうという句意。

語られぬ湯殿にぬらすたもとかな 芭蕉

湯殿山で修行した者は、山中での詳細を語ってはならないならわしである。その湯殿山の神秘に感涙し、袂を濡らしたという句意。

芭蕉は、三山巡りの後、湯殿山で「生」の象徴ともいえる桜のつぼみを目にしています。それまで芭蕉は、古典と向き合って、「古池や」の句のようにすばらしい世界を作ってきたけれど、出羽三山で、自分がいま生きていることの大事さに気づいてしまった。そして、それをこそ詠んでいこうということで、「かるみ」という新しい世界に行ったと思うんです。モモコさんの経験や現代の僕たちの日々の発見の中にも、芭蕉のこの目覚めにつらなる何かがあるのではないかと感じます。

モモコ:本にも書きましたが、「死にたい」を半分行動に起こすと、その気持ちが身体の外に出ていくと同時に、「生きたい」という気持ちが身体の中に入ってくる気がするんです。ふっと心が軽くなったり、景色すら変わって見えたり……三山巡礼の句、いいですね。

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わたしの本棚とお揃いに

モモコ:読んでいると、けっこうタクシー運転手の方とか、現地の方との触れ合いが載っていて、そこも楽しかったです。

小澤:現地の方には、意識して話を聞きました。タクシーの運転手さんは、いろいろ面白い地元の話を聞かせてくれて。あと、うまい飯屋、居酒屋(笑)。

モモコ:芭蕉が食べたものと一緒のものを食べたりしたんですか?

小澤:丸子宿(静岡市駿河区)、とろろ汁が名物で、現在も旧東海道で江戸時代から続く茅葺かやぶきの店が営業しているんです。

梅若菜まりこの宿しゅくのとろゝ汁 芭蕉

『猿蓑』に四吟歌仙の発句として所収。梅の花や若菜が美しいころである。まりこの宿のとろろ汁を楽しんできたまえという句意[下巻226ページ]

モモコ:すごい! 行くのに苦労した場所はありますか?

小澤:奈良県の吉野山に、もともとは西行が建てたといわれるいおりがあるんですよ。本当に人っこ一人いない山の中で、普通の人だったら、なかなかあそこまでは行けないという場所に、小さな庵がポツンとある。タクシーの運転手さんが付き合ってくれて、山道を歩いて行ったことが忘れられないですね。

つゆとくとく試みに浮世すゝがばや 芭蕉

『野ざらし紀行』所載。句意は、とくとくと清水が音を立てて滴っている。ためしに西行にならって、その露で浮世の俗塵をすすいでみたいものだ[上巻87ページ]

モモコ:けっこう過酷な道のりもあったんですね。芭蕉が行かずに俳句を詠んだところも、書いておられましたね。

小澤:芭蕉が行きたかったけれど行けないところに行くのは、芭蕉の心を想像する手がかりになるかもしれないと思ったからです。

モモコ:芭蕉も、代わりに行ってくれたって、喜びそうですね。 この本を読んで、国語の教科書で習ったときより、芭蕉の句のすばらしさや、面白さがよくわかりました。小澤先生が全部ちゃんと足を運んでいるから、言葉に愛がある。よそよそしく感じないから、すんなり入ってきます。一句一句、止まりたくなるのがこの本の魅力なのかなって思います。

小澤:いいことおっしゃってくださって。芭蕉を愛しすぎているんですよ(笑)

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モモコ:意味を知るだけじゃなくて、プラスアルファが備わっているから、俳句の味わいがわかる。分厚い本で二巻ありますけど、読んでみたらそう感じません。俳句や芭蕉について知りたいたなら、この本から入ってほしいですよね。こんなに芭蕉を愛している人の本に触れてほしいなって思います。

小澤:ありがとうございます。ぜひ清掃員(BiSHのファン)の皆さんにも、芭蕉に親しんでほしいですね。

モモコ:この本を買えば、わたしの本棚とお揃いになります。清掃員のみんなも、読んでくれるんじゃないかな(笑)

小澤:それは嬉しいなあ。

モモコ:この本はお薦めです。ぜひお揃いにしてください!!

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>>>次回、「自分を守るものを失っても、一歩前に進む気持ち」に続く

撮影:佐々木謙一
撮影協力:フライング・ブックス(渋谷)
スタイリング(小澤 實):佐野 旬

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小澤 實(おざわ・みのる)
昭和31年(1956)、長野市生まれ。昭和59年、成城大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。15年間の「鷹」編集長を経て、平成12年4月、俳句雑誌「澤」を創刊、主宰。平成10年、第二句集『立像』で第21回俳人協会新人賞受賞。平成18年、第三句集『瞬間』によって、第57回読売文学賞詩歌俳句賞受賞。平成20年、『俳句のはじまる場所』(3冊ともに角川書店刊)で第22回俳人協会評論賞受賞。鑑賞に『名句の所以』(毎日新聞出版)がある。俳人協会常務理事、讀賣新聞・東京新聞などの俳壇選者、角川俳句賞選考委員を務める。このほど『芭蕉の風景』(ウェッジ)で、第73回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞した。
モモコグミカンパニー
“楽器を持たないパンクバンド”BiSHのメンバー。2015年3月に活動開始した同グループの結成時からのメンバーであり、最も多くの楽曲で作詞を手がける。2018年3月に初の著書『目を合わせるということ』(シンコーミュージック)、2020年12月に2冊目のエッセイ集『きみが夢にでてきたよ』(SW)を上梓。その独自の世界観は圧倒的な支持を得ている。2022年3月には初の小説『御伽の国のみくる』(河出書房新社)を発表予定。BiSHは、2021年8月に発売したメジャー4thアルバム『GOiNG TO DESTRUCTiON』が3作連続・通算3作目のオリコンチャート1位を獲得。昨年は第72回NHK紅白歌合戦に出場、また年末の解散発表が話題を呼んだ。

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▼こちらに『芭蕉の風景』をめぐる対談記事をまとめています


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