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「普通の日常」にだって、地獄がある|文学フリマに魅せられて(第4回)しりひとみさん

自らが「文学」だと信じるものを自由に展示・販売できる「文学フリマ」。さまざまな書き手と読み手がつくりあげる空間は、回を重ねるごとに熱気を帯び、文学作品にかかわる多くの人々を魅了しています。本連載では、そんな文学フリマならではのバラエティに富んだ作品をご紹介!

第4回目は会社員ライターのしりひとみさんにお話を伺いました。「ネットに載せたら人生終わる本だけを扱います」というインパクトある紹介文に惹かれ、足を運んだ先が「知りすぎクラブ」。しりひとみさんと、スイスイさん(エッセイスト)による出店ブースです。

今回は、そんな「知りすぎクラブ」から、しりひとみさんの日常が赤裸々に綴られた『これも地獄と呼ばせてほしい』と『異常係長日記』をご紹介させていただきます。インタビューでは、日常を書くことに対する恐怖心や、理想と現実に揺れる葛藤について語っていただきました。

──はじめに、文学フリマに出店するようになった経緯について聞かせてください。

しりひとみ:エッセイストのスイスイさんに誘っていただいたのがきっかけです。普段は2人ともウェブを中心に文章を書いているので、「ウェブで書いたら人生終わる本」を書こうと決めて、参加することになりました。紙の本だからこそ書けること、限定的な人にしか届かないからこそ書けることをコンセプトに作っています。

──インパクトのあるテーマですよね。では、1作目の『これも地獄と呼ばせてほしい』について教えてください。 

しりひとみ:Netflixの某対談番組を見たときにすごいムカついてしまって(笑)。好感度が爆高な2人の対談なので、SNSでも絶賛されているし、否定的な意見とかも全然ないんですけど。

もともと私はその2人のファンで、なんならNetflixはこの番組を見るためだけに契約したくらいなんですが、「はみ出しものの生きづらさ」みたいなことが語られているときに、はみ出せない側にいるのに割と地獄を感じている私はすごいモヤっとしちゃったんです。でも、このムカつきをウェブで書いて、怒られたり炎上したりしたら嫌だなと思って、それを着火剤にして書いたのがこのエッセイです。

──読者の反応はどのようなものでしたか。

しりひとみ:意外にも「同じことを思ってました」と言ってくれる人が多くて、かなり嬉しかったですね。逆に、「すごい好きな番組なんですが、こういう見方も知っておきたいので買っていきます」っていう方もいて。怖!とも思ったんですけど、その方がすごく丁寧な感想をくださったので本当にありがたかったです(笑)。

──2作目の『異常係長日記』では、クセの強い登場人物に振り回される日常が日記形式で描かれていました。

しりひとみ:平凡な日常というか、はみ出しきれない人生に対して、自分としてはすごいモヤモヤしてるし葛藤してるんだよ、みたいなことを書いたのが1作目だったんですが、じゃあ、具体的にどんな日常を送っているの?っていう日々の日記を1冊にまとめたのが2作目になっています。

はじめは、一緒に文学フリマに出ているスイスイさんに日頃のことを話していたとき、「すごい変だよ」って言われて。私は平凡な生活だと思いながら過ごしていたんですが、「割とおかしいから、日記書いた方がいいよ」と薦めてくれました。それで、2か月間書いてみたものをベースにしてつくったのがこの本です。

──かなり踏み込んだ内容まで書かれているので、少し心配になりました(笑)。

しりひとみ:そうですよね(笑)。職場のごたごたとか、子育てとか、自分の身の回りのことを割とはっきり事実を元に書いています。1作目は通販とかもやってるんですけど、2作目はそういうこともやらずに……。

──では、完全に文学フリマでしか売られていない?

しりひとみ:そうですね。文学フリマで、直接目を見て「お願いします!!」と伝えながら、文章を読むことに慣れていて、文章への愛がある精鋭にだけ届けていきたいと思っています。

実際、みなさんすごく優しくて。触れてほしくないところは上手くかわしながら、その上で面白いポイントを抜粋して感想を伝えてくれたりしています。なんてデキた人しかいないイベントなのだろうと…。次の文学フリマ(東京)にも出るつもりなので、そこでは再販する予定をしています。

──ご自身の日常を赤裸々に語ることについて、恐怖心のようなものはありましたか。

しりひとみ:正直、ビクビクしながら書いていました(笑)。プライベートとか仕事のことって、これまで唯一書いてこなかった部分だったんです。 文章にしちゃうと、それこそ特定されたりだとか、「こんなこと書いちゃっていいの?」と心配されたりする可能性もあるので。

でも、たぶん心のどこかで、何かがバレて怒られても、もしくは職を失うことになったとしても、「ま、別に死なないしいっか」と思っているのかもしれません。それよりも、今起こっていることを誰かに伝えたい、みたいな気持ちが勝ちました。

──ご自身の中で天秤にかけられていたわけですね。

しりひとみ:やっぱり、多くの人に私の文章を読んでほしいという感覚がベースにあります。だから、その第一歩目としてSNSとかnoteで、バズりたいなと思いながら文章を書いていて。

ただ、最近のSNSって良くも悪くもいろんな人に届きすぎちゃうと感じています。こういう文章を読みたいと思ってくれている人だけじゃなくて、たまたまオススメで目に入った人にも届いちゃうから、自分では炎上しないなと思ってる内容でも、誰かから見たら炎上の要素が含まれていることもあると思うんです。

今回の本に限らず、自分が過去に出したnoteとかを見ても、今だったらちょっと引っかかるかもな、と気になる表現もあったりします。別に直したりはしていないですけど、気にしようと思えばいくらでも炎上する要素があり、炎上のハードルがどんどん下がっていて。

──今はそこがすごく敏感になってますよね。

しりひとみ:それでも伝えたいことは自分の中にあるし、やっぱりいろんな人に届けたいと思うから、多種多様な文章を読んでもドン引きしない、ふるいにかけられた者たちが集う文学フリマに出してるっていう。今の時代、書きたいことがある人にとってはすごく最適な場だと思います。ここに集いし精鋭たちだったら大丈夫だろう、みたいな安心感があります(笑)。

会社員ライターとして生きるということ

──会社員としての自分と、クリエイターとしての自分をどのように見られていますか。

しりひとみ:明確に違います。会社では、シンプルに組織から求められている通りに振る舞っているだけ。反対に、会社員として生きる中で抑圧されている自分自身の個性みたいなのを創作にぶつけている感覚です。

だから、もちろん会社を辞めて自分の好きなことだけできればそれがベストだとは思うんですけど、会社でのフラストレーションがあってこその創作という部分もあるので、私の中ではバランスよく両輪が回っている状態だと思っています。もちろん、会社を辞めても生活できるくらい文章だけで成功できれば話は別ですが。

──たしかに、日常の鬱屈が作品の面白さに直結しているように感じました。とくに2作目は、もはや半分愚痴を聞いているような(笑)。

しりひとみ:そうそうそう。完全に愚痴ですよね。あれは本当にそう、1個も嘘ついてない。なにを読ませてしまっているんだと申し訳なくなるくらいです。

──働きながら子育てをするだけでも大変だと思うのですが、創作の時間はどのように捻出されているのでしょうか。

しりひとみ:子供が起きている時間帯に集中して何かを書くことはできないので。暗い部屋で子どもを寝かしつけながら、こっそりスマホを取り出して書く(笑)。寝落ちしてしまう時もありますけど、基本はそういうやり方で毎日書いています。あとは通勤電車の中とかですね。ほんと、Googleドキュメントがこの世に存在してくれてありがとうと思います。

──書き手として、今後の展望があれば教えてください。

しりひとみ:やっぱり私は爆売れしたいですね。 文学フリマに出ているのは、出版社に声をかけてもらうことを目的にしているわけではないんですが、一方でどんどんそういう人の目にも留まりやすいイベントになってきているという意識はあります。

たぶん、本当にただただ自分が書きたいだけなら、もっと滅茶苦茶なことを書いているような気がします。でも、それでも読みやすい本を心がけているのは、「売れたい」という潜在意識がそうさせている部分も少なからずあるからなんだと思います(笑)。

──1作目の末尾に書かれていた、理想と現実を対比させた描写が印象に残っています。

しりひとみ:私はもう売れたいんです、こんな生活を脱したいんですっていうのが本心なんですけど、簡単にそういう風にはなれないし。しかも、それに対してすごい努力をしているかって聞かれると、全然できてない。

たぶん、本当に才能のある人、本当に創作が好きな人、本当に努力してる人じゃないと「売れる」ことはできない。それはわかってんだよっていうのを1作目で書いて、でも、そんなの関係ないから売れたいんだよっていうのを2作目に書いた感じですかね。

影でいろんな努力をしていたり、実はすごい葛藤を抱えていたり、それを表に出さずに結果的に売れていく、みたいなストーリーだと天才っぽくてかっこいいと思うんですけど、私はもう「言っていこう」と思っています。言わないと伝わらないので。だから「とりあえず爆売れしたい」って書いといてください!(笑)

文学フリマは「もうひとつの最高の世界線」

──しりひとみさんにとって、文学フリマはどのような存在ですか。

しりひとみ:なんだろう、パラレルワールドみたいな感じでしょうか(笑)。私の場合は、会社のことだったり子育てのことだったり、普段の日常が淡々と過ぎていく中で鬱屈したものを創作にぶつけていますが、たぶん、文フリに来ている人も同じだと思うんです。それぞれに日常があって、生活を営んでいて、全然違う人生を歩んでいる中で、ただただ「文学が好き」「創作が好き」というところが共通している。それがピンピンピン!って一致した人のみが、一堂に介してつくられる「もうひとつの最高の世界線」(笑)。これが世界のすべてだったらどれだけ幸せだろうな、と思います。

──最後に、文学フリマで出会ったおすすめの作品があれば教えてください。

しりひとみ:なんとですね。私、昨日水をこぼしてしまいまして、ふにゃふにゃになってしまって申し訳ないんですけど……。

まず『奇貨』は、沙東すずさんが失恋をしてからの3月から8月までを綴った本です。沙東さんは元々、メレ山メレ子という名前で活動されていた有名な方なんですが、とにかく文章がめちゃくちゃうまい。実話を元にしたエッセイなんですけど、小説みたいに引き込まれます。

失恋相手の男性がいるんですが、ダーツで言うと真ん中のブルをパン!って突き刺すくらいの殺傷力で相手のことを書いていて(笑)。読んでいてすごく気持ちいいんですよね。

もうそれ以上は掘り下げないでくれ!ってくらい心の中が掘り下げられているので、読み終わった後は沙東すずさんのことを完全に知った気持ちになれます。沙東さんの日常はこれから先も続いていくんだなっていうのが希望でもあり、ウッという感じでもある。本当にこれは名作です。

もうひとつはまったく毛色が違うんですけど、『しゅどんどん写真集~ババアになっても愛してる~』。日常の何気ない瞬間や、お母さんと一緒に沖縄に行ったときの写真などが収録された写真集なのですが、これはもう見てもらった方が早いかも(笑)。 

自分の写真にキャプションを付けていて、「このまなざしから逃れる術は日本の技術力を持ってしても確立されていない」みたいな(笑)。完全に謎なんですが、読んでて笑顔以外にならないっていうか、嫌なことがあったらこれを見てますね。

──ありがとうございました。しりひとみさんの次回作も楽しみにしています!

取材・文=清水翔起(ウェッジ書籍編集室)

しりひとみ
会社員ライター。才気煥発な企画力と、笑いを巻き起こす文章力で人気を集める。2019年にnote記事「住んでるマンションを退去したら被告になった話」がオモコロ杯で佳作を受賞し、SNSで話題となる。その後、「エキサイトニュース」、「デイリーポータルZ」、「マイナビウーマン」、「LINE MUSIC」など数々のメディアで執筆。著書に『ママヌマ~ママになったら沼でした』(大和書房)。

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