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“本のまわりの困りごと”を共有するZINE『おてあげ』が目指すもの|文学フリマに魅せられて(第2回)竹田純さん

連載「文学フリマに魅せられて

自らが「文学」だと信じるものを自由に展示・販売できる「文学フリマ」。さまざまな書き手と読み手がつくりあげる空間は、回を重ねるごとに熱気を帯び、文学作品にかかわる多くの人々を魅了しています。本連載では、文学フリマならではのバラエティに富んだ作品をご紹介しています。第2回は、書籍編集者の竹田純さんにお話を伺いました。
今回ご紹介させていただく作品は、本の世界ではたらく人たちの“困りごと”を集めた『おてあげ』です。「ひとまず、困りごとを共有できただけで大きな前進!」というコンセプトの下、鼎談やエッセイ、編集日記などが掲載されています。
制作メンバーは、KADOKAWAの麻田江里子さん、筑摩書房の柴山浩紀さん、晶文社の竹田純さん。ほぼ同世代の書籍編集者である3人は、「困ってる人文編集者の会」(通称「こまへん」)を結成し、月末にはX(旧・Twitter)の音声配信機能・スペースでお互いの困りごとを報告し合っています。
今回のインタビューでは、『おてあげ』の創刊にいたる背景や、編集者という仕事、出版業界での困りごとなどについて語っていただきました。

おてあげ』第1号、第2号

──はじめに、「困ってる人文編集者の会」はどのようにして生まれたのでしょうか。

竹田さん:もともとは、朝日新聞社の「じんぶん堂」という本の情報サイトで開催された若手編集者の座談会に3人で登壇したことがきっかけです。イベントが終わった後も、読書会やメッセンジャーを通じてそれぞれの仕事について相談をし合う仲だったのですが、ここでのやりとりをスペースで公開してみようと立ち上げたのが「こまへん」でした。

──そこから『おてあげ』の創刊まで、どのような経緯があったのでしょうか。

竹田さん:「困っている人文編集者」という名称だけに、自然とお互いの困りごとについて話をするようになっていたのですが、同世代の書籍編集者でも、それぞれ職場の規模とかルールが違うから、お互いの話がかなり勉強になるんですよね。デザイナーとの打ち合わせで何を話すか、原稿の感想をどうやって著者にフィードバックするかとか。それがすごく面白かったし、これは文字にした方がいいんじゃないかと思いました。

実際、昔みたいにアナログな環境ではFAXでやりとりとかをしていたから、先輩が書きこんだゲラや手紙を見る機会があって、そうやってみんな勉強していたらしいんです。それが今はメールで完結できるし、リモートで働いていたりすると、基本的なことを聞くのも難しかったりしますよね。だから、そういう困りごとを集めて紙の本にすることで、同じように困っている人同士が悩みを共有し合えるのではないかと思いました。

──たしかに、編集者の仕事は外からはなかなか見えにくいように思います。

竹田さん:もう少し細かいことを言えば、当時、岩手県の「日本現代詩歌文学館」で読んでいた結社誌にも影響を受けました。日本現代詩歌文学館には何十年も続いている短歌や俳句の結社誌や同人誌が残されているんです。戦時中がどういう状況で、どういうことを考えていたか、といった内容が身近な言葉で書かれていて、このアーカイブはすごいなと思いました。

規模や歴史はまるで違うのですが、こういうことを編集者がやっても面白いんじゃないかと。編集者の場合、一時代を築いた人の懐古録みたいなものはあったりしますが、もっと普通の人たちの話が蓄積された同人誌みたいなものがあればいいなと思ったんです。

──『おてあげ』というタイトル、そして「蟹」のイラストは、どのようにして決められたのでしょうか。

竹田さん:『おてあげ』という名前は書店バイヤーの飯田正人さんがつけてくれました。困りごとを象徴する言葉だし、響きが可愛いし、短いからタイトルとしても打ってつけですよね。

装丁もデザイナーの高井愛さんが蟹のイラストをバシッと送ってくれて。両手を上げた「おてあげ」の格好がまさにぴったりです。あと、これは第2号を販売している時にお客さんから言われたのですが、蟹は横にしか進めないので、全然前向きじゃないのも良いですねって(笑)。

──編集者だけでなく、書店員やブックデザイナーなど本に関わる様々な職種の方が寄稿されているのもひとつの醍醐味だと思います。寄稿者はどのように選ばれているのでしょうか。

竹田さん:「こまへん」メンバーそれぞれが2名ずつ依頼するルールにしています。はじめは編集者だけにしようと思ったのですが、筑摩書房の柴山さんが「出版業界全体での困りごとが知りたい」と言ってくれて。たしかに、同じ出版業界でも職種や部署が違えば、実際どんなことで困ってるかまではあまりわからないですよね。出版業界はチームで仕事するものなので、隣接する人たちの仕事もかなり気になっています。

──第2号の特集は「がまん」でしたが、これはどのように決められたのでしょうか。

竹田さん:これは柴山さんの発案だったのですが、やっぱり編集者は、自分の苦しみについてなかなか言えないじゃないですか。大前提として、編集者は著者に執筆をお願いして、がまんをさせている(書いていただいている)立場なので。だから、編集者自身のがまんについてはあまり語られていないし、編集者ががまんに対してどう対処しているか、というのは芯を食ったテーマだなと思いました。

──がまんという言葉からイメージするものが、それぞれ違っていたことも面白かったです。

竹田さん:たしかに、話してみるとみんなのがまんの質が微妙に違っていました。著者とのやりとりだったり、キャリアプランのことだったり、社内調整のことだったり。今回の特集はがまんへの対処法として、個人的にもすごくタメになりましたね。『おてあげ』はあんまりタメにならないことを標榜しているんですけど(笑)。

──第2号からは、「おてあげ通信」という投書欄も設けられています。読者やリスナーからはどのような困りごとが寄せられましたか。

竹田さん:自分もそうだったので、子育て中の出版社勤務が大変という話にはものすごく頷きました。それとウェブ編集者の困りごとは、本当に1日何本みたいなペースで記事を上げているから、書籍の編集とは別次元の悩みだなと感じました。

あと、これは「おてあげ通信」ではありませんが、意外と編集者1年目の人とかが文フリのブースに来てくれていて、それはすごく嬉しかったですね。自分で見つけて来てくれたり、先輩に「行け」って言われた人だったり。想定していなかったのですが、参考書や副読本みたいな感じで見てくれる人がいるのは本当に嬉しい誤算でした。

「こまへん」メンバー(文学フリマ東京37にて)
左から、竹田さん、柴山さん、麻田さん

📚編集者と文学フリマ

──書籍編集者としての商業出版と、『おてあげ』のようなZINEをつくるのとでは、どのような違いがあるのでしょうか。

竹田さん:ひとつは「自分で売る」ということですね。商業出版の場合だと、本をつくる行程の中の一部分を編集者として担当するわけですが、ZINEになると最初から最後まで自分でやる必要があります。

あと、ZINEの場合には想定読者をかなり小さいセグメントにできますね。『おてあげ』を例に挙げると、「出版業界で困ってる人だけが読んでくれたらよい」ぐらいに割り切ってつくれるというのは大きな違いだと思います。

──文学フリマで出た本が商業出版されるケースもありますが、そういった出会いもあるのでしょうか。

竹田さん:行きはじめた5、6年前は、はっきり言って企画を探しに行っていましたね。こだまさんの『夫のちんぽが入らない』が文学フリマから商業出版されたという話を聞いて、そんな鉱脈もあるんだと思って。

ただ、それって実はものすごく難しい作業で、下心丸出しで行くのは早々に諦めました。そういうことばかりを期待して行くのはちょっと嫌な感じがするし、才能発掘の場と言ってしまうのも無粋に思います。そういう反省もあって、今は文フリでしか手に入らないものを面白がって見に行ってるような感覚ですね。

──文学フリマでは、どういう本や同人誌に興味を惹かれますか。

竹田さん:「こういう本を作りたい」っていう強い欲望の部分に反応する感覚はあります。これは商業出版にも言えますが、どれだけプロフェッショナルな仕事でも、「実はそんなに作りたいと思ってないんじゃないか」みたいな部分が透けて見えると、あんまり反応してもらえない感じはしますね。

最近の文フリで見つけた本だと、『美味しんぼの話をさせて!』は面白かったです。これは『美味しんぼ』のエピソードを1ページにひとつずつ紹介しながら、それについての感想が書かれたZINEです。僕も『美味しんぼ』は好きなんですが、とにかくこの人の面白がり方が半端じゃなくて、これこそ理想的な同人誌の形だなと思いました。「美味しんぼについて話したくてしょうがない」という欲望がビカビカ光ってる感じがたまんないですよね。

あと、『町山智弘とライムスター宇多丸は、映画語りをどう変えたのか?』も面白かったですね。どうやって映画を語るかは、どうやって映画を観るかに直結してくるのですが、町山さんや宇多丸さんがそこにどんな影響を与えたかが対談形式で綴られたZINEです。商業出版では見たことのないテーマで、刺さる人にはめちゃくちゃ刺さる内容で、まさに野生の書き手っていう感じがしますね。

──出版不況と言われる中で、文学フリマの規模はどんどん拡大しています。書籍編集者としては、この状況をどう見ていますか。

竹田さん:まず、「本のかたちをしたもの」を求めてこれだけの人が集まっていることに希望を感じますよね。文学フリマにしろ、神保町のブックフェスティバルにしろ、本に関係するお祭りにはかなりの人が集まるので。その一方で、書店がこれぐらい賑わえばいいのに、とも思います。このお祭り感をどうやって出していくのか、あるいは別の方法があるのか、というようなことを今後考えていく必要があると感じます。

あと、「書き手が増えている」こともよく言われますよね。たぶん、シーンが盛り上がっている時って、どんどん新しい作り手が出てきて、そこから新しいものが生まれてくると思うので、この盛り上がりが続けばいいなって素直にそう感じます。

あとは僕たち編集者がうまくそれを見つけられればいいのですが。もし文フリの中に面白い表現が出てきても、商業出版の側がそれをうまく商品にできるかがボトルネックになる気がしています。また、それを許せる会社の体制が作られているかどうかも重要ですね。こういうチャレンジする企画をどれぐらい取り入れられるか、商業出版に関わる人たちはかなり意識していく必要があると思っています。

📚竹田さんにとって文学フリマとは

──竹田さんにとって、文学フリマはどういう場所でしょうか。

竹田さん:やっぱり「お祭り」ですかね。文学フリマに行けば、プロの作家もアマチュアの書き手も同じように出店者としてブースに並びますよね。もちろん場所とか売上とかは違ったりするでしょうけど、文章を書いて本をつくることってそんなに特別なことじゃないよね、みたいな感じがお祭りっぽいのかな。賑わいを見てるのも楽しいし、そこで活躍してる人がいたら自然に声をかけられるし、本の現在地を確認しに行くような、そういう観測場でもあります。

とくに、詩歌や小説、批評など解釈が分かれるジャンルは、それをどう読んだかっていうので交流が生まれやすく、文学フリマとの相性が良い気がします。そういう意味では、インターネットも感想文化なので、意外とウェブライターと文フリの相性も良さそうです。

──『おてあげ』になぞらえて、文学フリマでの“困りごと”があれば教えてください。

竹田さん:ブースが増えて1日じゃ回りきれないことですかね。とくに東京会場はどう回るか入念な準備が必要です。それでも買いたい本を手に入れるのが難しくなりつつあります。今度は岩手にも出店しようと「こまへん」のメンバーたちと話しているんですが、地方の文フリはまだ比較的ゆったり回れるのでおすすめです。

──第3号(2024年春 刊行予定)の特集は「ばたばた」を予定されているそうですね。

竹田さん:「ばたばた」はKADOKAWAの麻田さんが考えたテーマですが、「あれ、忙しすぎないか?」って。いい気付きですよね(笑)。編集の仕事ってやろうと思えば無限にできてしまうので、どこかで締め切りを設けるにはある種のコツみたいなものがあると思うんです。おそらく、そういう話をすると思います。

──ありがとうございました。次回の『おてあげ』も楽しみにしています。

取材・文=清水翔起(ウェッジ書籍編集室)
編集担当=飯尾佳央(ほんのひととき編集部)

竹田純(たけだ・じゅん)
1987年生まれ。柏書房、日経BPなどを経て、2022年4月から晶文社。福島市在住。担当書籍は『学校するからだ』(矢野利裕著)、『歴メシ!決定版』(遠藤雅司著)、『昨夜の記憶がありません アルコール依存症だった、わたしの再起の物語』(サラ・ヘポラ著)、『RITUAL(リチュアル)人類を幸福に導く「最古の科学」』(ディミトリス・クシガラタス著)ほか。

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