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一万羽の渡り鳥の飛来が告げる季節|寒露~霜降|旅に効く、台湾ごよみ(13)

この連載旅に効く、台湾ごよみでは、季節の暦(二十四節気)に準じて、暮らしにとけこんだ行事や風習、日台での違いなどを、現地在住の作家・栖来ひかりさんが紹介。より彩り豊かな台湾の旅へと誘います。

 暦の上では秋にもかかわらず、夏の盛りのように暑さの戻る気候を台湾では「秋老虎(チョウラオフー)」という。「老虎」とは文字通り動物のトラのことだ。澄んだ秋の光に照らされた熱気は、黄金色の大きなトラが身をくねらせて暴れまわっているイメージにぴったりで、うまい事言ったものだと感心する。

トラ

 近ごろの台北はまさにこの「秋老虎」が咆哮しているような暑さだが、二十四節気では「寒露」(10月8日)から「霜降」(10月23日)と涼しげな名前が並ぶ。

 寒露の季節、古代中国で生まれた七十二節気は

 初候:鴻雁来賓(雁おおく飛来して客となる)
 次候:雀入大水為蛤(雀が海に入りてハマグリとなる)
 末候:菊有黄華(菊の花が咲き始める)

 日本で江戸時代に日本の気候に合わせて改められた七十二候は

 初候:鴻雁来る(がんきたる)
 次候:菊花開く(きっかひらく)
 末候:蟋蟀戸に在り(きりぎりすとにあり)

で、初候に雁が渡ってくるのが共通する。日本では秋の北風を「雁渡し」(かりわたし)とも呼ぶが、台湾ではちょうどこの季節に「サシバの渡り」が見られる。

一万羽の渡り鳥

 サシバは夏鳥として日本に渡来するタカの一種だ。水田や低山などの入り混じった「里山」を好み、繁殖を終えるとインドシナ半島や東南アジアに渡って越冬する。この片道約9000キロの旅路の途中にちょうど台湾があり、恒春半島などで一晩羽を休めて翌朝にまた南へと飛び立っていく。南へ行くサシバの渡りは、毎年かならずこの二十四節気の寒露から霜降のあいだと決まっていて、次々にやってくる群れを全部合わせれば一万羽を超えるという。

渡り鳥

 中華民国(台湾)の国慶日である10月10日(双十節)前後に特に多く飛来するので「國慶鳥」の別名もある。春の北上の季節はちょうど清明節にあたるので、「清明鳥」とも呼ばれ、台湾中のバードウォッチャーが心を躍らせて待ちかねている大イベントらしい。

 台湾の原住民族(先住民、台湾での正式な名称)にとっても、サシバは重要な生き物だ。この夏に『スカロ』という大河歴史ドラマが台湾で放映されて大きな話題となった。日本領有前の台湾南部・屏東で1867年に起こった、アメリカ船ローバー号の乗組員らが原住民族によって殺害された「ローバー号事件」の顛末を描いたものだが、原作の冒頭にこんな一節がある。

「敵が侵入してきたぞ!」
バヤリンは何の疑いももたず、つづけて五回、サシバ[タカ科]の鳴き声を発した。これはクアール社の頭目が人々を呼び寄せるときの合図だ。しばらくすると、二十人ほどの勇士が番刀や投げ槍、弓矢、火縄銃を持ち、次々と集まってきた。――『フォルモサに咲く花』(陳耀昌・著/下村作次郎・訳/東方書店,原題『傀儡花』)  

 遥か昔から台湾の恒春半島に暮らしてきた誇り高き原住民族の人々も、この時期には決まってサシバの渡りを目にし、季節を知ってきたことだろう。

「菊の節句」に山に登るワケ

 旧暦の9月9日は「重陽節」で、今年は10月14日である。古代中国では、奇数の1,3,5,7,9を「陽数」、偶数の2,4,6,8を「陰数」とした。中でも「9」は最大の陽数であり、更に9月9日と陽数が重なることから「重陽」と呼ばれる。

 七十二候でもちょうど「菊が咲き始める」のが重陽節のころで、これが新暦だと一か月ずれてしまう。この節句にはグミの花を髪にさし、菊の花びらを盃に浮かべて酒を呑むと厄払いできるうえ健康長寿に恵まれるといい、唐・宋の時代より楽しまれるようになった。

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 それには、こんな故事がある。

 かつて古代東漢のころ、とある人が「9月9日に災難があってあなたの家族が皆死ぬから、高い山に登って難を逃れるように」と予言をうけた。そこで言われた通り、9月9日には山に登って菊花酒と景色を楽しんでから家に戻ると、牛や鶏、犬、羊などの家畜がすべて死んでいたという。どうして動物たちが死んだのか理由はよくわからないが、人間の身代わりとなったとも言われている。

 しかし時代は移り変わり、この時期に単純に登山やハイキングを楽しむことも「登高」と言うようになった。傑作として名高い唐の詩人・杜甫の「登高」という七言律詩も重陽節に詠まれたものだ。

 風急に天高くして猿嘯えんしょう哀し
 渚清く沙白くして鳥飛び廻る
 無辺の落木らくぼく蕭蕭しょうしょうとして下り
 不尽の長江袞袞こんこんとして来たる
 万里悲秋常に客と作り
 百年多病独り台に登る
 艱難苦だ恨む繁霜の鬢
 潦倒ろうとう新たに停む濁酒の杯

 高台に上り、悠久なる長江を眺めながら自分の不遇な人生を振り返る杜甫。生来からだが弱く、この詩を詠んだ50歳半ばには数々の持病に苦しんでいたという。辛い経験つづきで頭の毛もすっかり白くなり、好きな独酌もやめざるを得ないと恨めし気に詠みこんでおり、健康長寿を願う節句という割には、内容にかなりの悲壮感が漂う。

 野分のころ、秋が深まり夜も長くなってくれば、何やらしみじみとこれまでの来し方に思い至ってしまう年齢に、わたしもなりつつある。更にいえば、高い場所に登れば自ずと体力の衰えも自覚しようし、雄大な自然に向き合えば己の存在のたわいのなさ、ちっぽけさにも改めて気づかされるというものだ。冬に備えて今一度、自分を見つめなおし謙虚になる季節――重陽には、そんな意味も込められているのかもしれない。

 草の戸や日暮れてくれし菊の酒  芭蕉


文・絵=栖来ひかり

栖来ひかり(すみき ひかり)
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。


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